第三章 メルキド侵攻 第一話
ワイバニア、メルキド国境にあるアドニス要塞群。ベルクリーズ、カルデーニオ、デミアン、メルヒェン、タッソー。この五つの要塞で構成された要塞群は個々の要塞でも強固な防御力を誇り、かつ相互に連絡しあっており、陥落不可能ともいわれる難攻不落の要塞群だった。
星王暦二一八三年五月一〇日、メルキド公国にとって、運命の日となる一日がやってきた。
アドニス要塞群中央に位置するデミアン要塞。見張り台の兵士が相棒に言った。
「しっかり見張れよ。ワイバニアの大軍がやってくるかもしれないからな」
「本当に来るのか? 上はフォレスタルの情報って言ってるけど、所詮は予想されるってことだろう? 来るかどうかなんて、怪しいもんだよ」
「警戒するのに越したことはないだろう。ほら、サボってないで、お前も見張りをやれよ」
「いやだね。俺はもうすぐ交代時間だし、可愛い彼女とデートの時間なんだよ。……おい。なんかおかしくないか? 腹の中からずんとする感じ……」
「お前もか? 実は俺も」
見張り番の兵士は不可思議な感覚にとらわれていた。腹に重しを置かれた違和感。まるで巨人の足音のような……足音! 見張り番は望遠鏡をもう一度覗き込むと、レンズ越しの地平線に旗が見えた。見まごう訳がない。宝珠を持った翼竜のワイバニア帝国軍旗。それも、一個軍団などと言う規模ではない。地を埋め尽くすほどの大軍勢であった。 見張りは声を失った。
「おい。どうしたんだよ……」
異変に気づいた相棒もまた、望遠鏡を覗いた。二人は顔を合わせると、敵軍発見の鐘を鳴らした。
「ワイバニア軍来襲! 大軍、大軍だ!」
あまりの大事に二人は見張り台から声を限りに叫んだ。