第二章 戦乱への序曲 第四十九話
ヒーリーはアンジェラを居室に案内させると、数日の休養をとらせた。
「敵国の、それも軍団長クラスの人間をわたし達の軍団に入れるなんて。反対する者も出ると思うわ。いいの? ヒーリー」
二人だけになった執務室でメアリはヒーリーに尋ねた。
「そのときは、おれの責任さ。何とかするよ。それより……」
ヒーリーは何度めかの龍の眼の映像を再生させた。
「敵方の右元帥は悪辣ね。厄介な相手になるわ」
映像を見ながら、メアリは言った。
「おれ達も狙われた。こういった陰謀事は奴らの方が上手かもしれないな」
ヒーリーは腕を組んだ。視線の先には血まみれのヨハネスの姿があった。ワイバニアの中でも指折りの知略家を暗殺し、敵本拠に夜襲をしかける手腕にヒーリーは寒気すら覚えた。真に恐れるべきはワイバニアの新皇帝よりもこの女かもしれない。ヒーリーはこれまでにない険しい目で映像を睨んでいた。
ヒーリーは国王のジェイムズ、宰相のマクベス、王太子のエリクを集め、皇帝暗殺の真相を報告した。三人はそれぞれ驚きを隠せなかったが、不自然な点にも合点が言ったとある意味納得していた。そして、ヒーリー同様、ラグが警戒するシモーヌに脅威を感じていた。
「皇帝の死の真相はワイバニアにとっても、恐らくタブーとされる問題だろう。どうであれ、政権が不安定な今、大規模な侵攻はないと考えるべきか」
ジェイムズは言った。だが、ヒーリー、マクベス、エリクの考えは異なっていた。長兄のエリクが兄弟の考えを代弁した。
「いいえ、父上。おそらく、政権が不安定だと我々が考えている今この時に侵攻を考えていると思います。侵攻がないとたかをくくれば、防御も緩みましょう。敵の狙いはそこにあります。緩んだ防御を電撃的に突破すれば、我々に大きな損害を与えることになるでしょう」
「なるほどな……」
切れ者のジェイムズも敵のねらいを理解した。
「だが、どこから攻め込む? フォレスタル側か?」
父の問いにヒーリーが答えた。
「前回のオセロー平原の戦いで、おれは歩兵は龍騎兵に勝てないというこの世界のルールを覆しました。もし、おれがワイバニアの指揮官なら、今度はもう一つの世界のルールを壊そうと考えるはずです」
「ということは……メルキドか!」
ジェイムズはうなった。
「メルキド、ワイバニア国境のアドニス要塞群はメルキドの生命線です。ここを突破されれば、メルキドは滅亡するでしょう」
マクベスが言った。
「ただちに、メルキドに警戒を促すように連絡を。それから、こちらの国境線も心配だ。ハーヴェイ軍団長の第二軍団をハムレット砦に派遣させよう」
ジェイムズはエリク、マクベスらに命令を下し、会議を解散させた。
広大な敷地を誇る皇帝の居城、ワイバニア帝国皇帝居宮白晶宮、その広場にワイバニア十二軍団全てが集結していた。その数十一万五千人、広場を埋めつくすほどの大軍勢だった。広場を見渡す白晶宮のテラスに、新皇帝ジギスムントが姿を現した。十万を超える大軍勢は水をうったように静まりかえり、兵士達は出兵を前にした皇帝の話に耳を傾けた。
「諸君、時は来た。我がワイバニア帝国が世界を、アルマダを席巻する時が。三〇年前に先々代の皇帝が歩みだした覇業を我々が完遂するのだ。メルキドの巨兵を巨竜の脚で踏みつぶし、フォレスタルの歩兵を龍のあぎとで食い破り、世界はわれらワイバニアのものとなる。世界は、ただ一つの旗印のもとに統一されるのだ。そう、ワイバニアの旗印のもとに。さぁ、いざ行かん! 龍の旗の下に!」
「龍の旗の下に!」
十一万五千の大軍勢が一斉に唱和した。その声は白晶宮にとどまらず、帝都ベリリヒンゲン全体にとどろきわたったと言う。
星王暦二一八三年四月十日、ワイバニア正規軍十一個軍団はメルキド公国侵攻のため、南下を開始した。
第二章 最終話です。
次回からはいよいよ。メルキド編に突入!
お楽しみください。