第二章 戦乱への序曲 第四十八話
翌日、元ワイバニア第七軍団長アンジェラ・フォン・アルレスハイムはフォレスタル第五軍団副軍団長アレックス・スチュアートに導かれ、新しく用意されたヒーリーの執務室に通された。
王城の部屋を改装したヒーリーの執務室は一万人を率いる軍団長の部屋にしては驚くほど簡素なものであり、応接用のソファとテーブル。ヒーリーの机と大きな本棚がある以外は何もなかった。
アレックスはヒーリーにアンジェラを取り次ぐと、ヒーリーはアンジェラに挨拶をした。
「フォレスタル第五軍団長、ヒーリー・エル・フォレスタルです。ワイバニアの名将にお会い出来て光栄です」
「ワイバニア帝国第七軍団長、アンジェラ・フォン・アルレスハイムです。もっとも、今はただの亡命者ですが」
アンジェラは自嘲気味に笑った。ヒーリーは苦笑すると、ソファに着席を促した。ヒーリーは国王からアンジェラの処遇をまかされていることを伝えると、亡命を希望する理由を尋ねた。
「実は……」
アンジェラは語った。自分自身が狙われた理由とフォレスタルに亡命したいきさつを。龍の眼の再生記録と、皇帝の急死の真相が記された手紙を見たヒーリーは全て了解した。
「分かりました。アルレスハイム公。あなたの身の安全は私達が保障しましょう。……ですが、私としては、あなたを客将としてお迎えしたいのです」
ヒーリーはアンジェラの自分の意志を伝えた。攻守にバランスのとれたアンジェラの戦術家としての手腕は確かで、新設の第五軍団を率いるヒーリーとしてはぜひとも欲しい人材であった。
「身の安全を保証するため、王城で暮らすことになります。自由がいささか制限されることになりますがお許しください。また、客将については私の一存で、強制はいたしません。アルレスハイム公のお考えにお任せいたします」
ヒーリーは礼儀をもってアンジェラに接した。
「客将の件、ありがたくお受けいたします。フォレスタル殿下」
アンジェラはヒーリーに返事をした。その眼は澄み、意志と気迫に満ちあふれていた。アンジェラの意志をうけたヒーリーは頷いた。
「こちらこそ、ありがとうございます。それと、私のことは、ヒーリーとお呼びください。フォレスタル殿下というのは、どうも肩が凝ります故」
「こちらこそ、アンジェラと呼んでください。我が盟友が呼んでくれた名です。信頼の証として受け取っていただきたく思います」
フォレスタル、ワイバニア。二人の名将は握手を交わした。ヒーリーにとって、またアンジェラにとって、心強い仲間ができた瞬間だった。