第一章 オセロー平原の戦い 第四話
会議が終わった頃、ヒーリーは城の一隅にある宮廷魔術師兼錬金術師の研究所の扉をノックしていた。ヒーリーと同じ年くらいの白衣の若者が研究室の扉を開けた。
「やぁ、ヒーリー。今日はどうしたんだい? やけに不機嫌じゃないか」
宮廷魔術師兼錬金術師のラグニール・ド・ビフレストであった。
「父上に、対ワイバニア軍の臨時司令官に任命されてね。……まったく、軍なんか早く辞めて、悠々自適に暮らしたいものなんだがなぁ」
ヒーリーは仏頂面で目の前の親友に話した。宮廷魔術師は笑うと、ヒーリーに言った。
「僕は君にこそ、軍にいてほしいと思うんだけどね。ヒーリー。僕が発明した道具をうまく扱ってくれる人間は君の他にいないからね」
腰まで伸びる艶やかで黒い長髪を翻して、ラグニールはヒーリーをテーブルまで案内した。研究所の中は普段見られない道具や資料で埋め尽くされており、狭い空間がただでさえ狭く、そして迷路のようになっていた。ヒーリーは研究所の道具や資料を踏まないように注意して歩きながら、今回のことの顛末を話した。
「というわけで、ラグ。君にまた道具を無心しに来た訳なんだ。例のものを使わせてもらいたいんだけど、どうかな?」
ヒーリーの申し出にラグはのけぞった。
「メルの発明したあれかい? あんなのでいいなら、倉庫に一〇〇個ほど転がっているから持っていきなよ。それにしても、笑い話で出したものが意外に掘り出し物になるとはね……」
「お師匠様! 笑い話とはなんですか?」
ラグの背後で女の子どもの声がした。ラグが振り向くと、そこには一二歳くらいの女の子が立っていた。ラグの弟子、メリクリウス・ビフレストであった。メルはその小さな体に不釣り合いな大きさの白衣を引きずって、二人にお茶を運んで来た。
「あれは私の最高傑作なんですよ!」
そう言うと、メルは乱暴にカップを置いた。
「わかった。わかった。じゃ、今度は僕の最高傑作をヒーリーに進呈するとしようか」
ラグは立ち上がると、研究室の奥まで歩いていった。
「メル、君の師匠は何を作ったの?」
ヒーリーはメルに問いただした。メルは唇に人差し指をあてると「秘密」のジェスチャーをした。
「もうすぐわかります。でも、少なくともヒーリー様好みの品ですよ」
五分ほどして、ラグは厳重に封印された箱を持って帰って来た。ラグは鍵を開けて、箱のふたを開けると、ヒーリーにその中身を見せた。