第二章 戦乱への序曲 第三十七話
「いつもの。お願いしますよ。おかみさん」
カウンターに腰掛け、ヨハネスは店主の女性に注文した。
「あいよ!皇帝陛下即位の当日にウチで飯かい?あまりおだやかじゃないねぇ。軍団長だったら、宮殿でもっと美味い飯と酒にありつけるだろうに」
「おかみさんの味が病み付きになってしまってね。こっちの方がいいよ」
おかみさんは料理と酒をヨハネスに出すと、さらに隠して小さな封筒を渡した。
「アンタ、相当危ない橋を渡ってるよ。わかってると思うけど、これ以上はアンタの命が危ないよ。金はいらない。だから、死ぬんじゃないよ」
おかみさんはヨハネスの耳元で小さく言うと、さっと身を引いて他の客の注文を取りにいった。ヨハネスは苦笑して、料理と酒を味わった。料理と酒を平らげたヨハネスは席を立った。
「おかみさん。お勘定、ここに置いとくよ」
「あら、いいよ。今日、私のおごりだよ。新しい皇帝陛下になったから、赤字覚悟の出血大サービスさ!」
「せめて、銀貨一枚くらいはもらってくれ。若い頃、世話になったお返しだ」
ヨハネスは銀貨を一枚、おかみさんに投げた。おかみさんは銀貨の裏に書かれた文字を見て驚いた。
「ヨハネス、アンタ……」
「ごちそうさま。おかみさん。今日はとびきりの美女とデートなんだ」
ヨハネスはそう言うと店をあとにした。
大分おかみさんの店で時間を食ってしまったな。アンジェラとの待ち合わせ時間に遅れてしまう。ヨハネスが待ち合わせ場所へ歩を進めていると、ヨハネスは上下左右に怪しい気配を感じた。数は六人、訓練を受けた身のこなし、右元帥の手の者か。ヨハネスは歩くスピードを速めた。
ヨハネスが路地に入ると、黒装束の男達はヨハネスの進路を塞ぐように彼の前後に立った。殺気を揺らめかせた暗殺者は手にナイフを持つと、彼に襲いかかった。