第二章 戦乱への序曲 第三十五話
星王暦二一八三年三月一九日、皇太子ジギスムントの即位の儀と先帝アレクサンダーの大喪の儀が同時に行なわれた。シモーヌによって巧妙に処理された皇帝の遺体は、誰にも見られぬまま、火葬にふされ、真相は闇に葬られた。ジギスムントは父の死に涙を流し、弔辞を読んだ。その弔辞の文章の素晴らしさは過去のどの皇帝のものよりも比類ないものだったという。
三月一九日午後、ジギスムントは、白晶宮龍聖の間で即位の儀を行なった。ワイバニア帝国史上最速にして最年少の皇帝、ジギスムントI世が誕生したのである。
ジギスムントI世は居並ぶ文武百官の前で言い放った。
「余は史上もっとも早く、そしてもっとも若い皇帝となった。余にとって歴史に残る偉業はただ一つ。史上初めてワイバニアがこの世界を統一することだ。そして、余は三年以内にこの偉業を成し遂げるであろう」
一同は皆沈黙した。この野心と虚栄心に満ちた独裁者を自分たちは誕生させてしまったのかもしれない。ワイバニアの中でも理性ある政治家はそう考えていた。だが、ワイバニアという巨大な帝国はその内部に寄生虫を飼い続けていた。利権に群がる政治家、官僚と言う名の寄生虫はワイバニアという巨竜を徐々に蝕んでいった。
「皇帝陛下万歳!」
その中の一人が両手を上げて叫んだ。一人が二人、二人が四人に万歳を上げる声は龍聖の間全体に広がった。響き渡る万歳の声の中、ヨハネスは何も言わず、ただ、この茶番に目を伏せ続けていた。
即位の儀が終わり、龍聖の間を出たヨハネスはハイネに呼び止められた。