第二章 戦乱への序曲 第三十三話
「なんと言うことをしでかしたのだ。影を使うとは……シモーヌ。貴様も何をやっているのだ」
ワイバニア帝都ベリリヒンゲンにある皇帝の居宮白晶宮の龍聖の間、皇帝が審議などの数々の執務を行なうために用いられる白晶宮の中でもひときわ大きく、ひときわ豪華な広間で、ワイバニア皇帝アレクサンダーは静かだが、強い調子で息子とシモーヌに言った。龍聖の間には皇太子ジギスムントとシモーヌ、そして皇帝アレクサンダーだけだった。息子は悪びれた様子もなく、父アレクサンダーに言った。
「父上、私達がこの世界の覇権を握るために何が最善かと考えただけです。フォレスタルの王族を亡き者にすれば、フォレスタル王国は瓦解し、この世界の勢力図は一気に塗り変わりましょう」
得意げにジギスムントは話したが、皇帝アレクサンダーは一喝した。
「馬鹿者が! それでも帝室の血を引く者か! 恥を知れ!」
アレクサンダーは暗殺をよしとする人物ではなかった。それは世界最大の領土を誇る帝国を統べるものとして、堂々と大軍を率いて世界を征服しようと考えていた。それだけに暗殺を行なった息子を許すことができなかった。彼を許すことは自分の王者としてのプライドを傷つけることに等しかった。
「お前は、この国を統べる器ではないのかもしれん」
アレクサンダーが玉座に立ったそのとき、ジギスムントの剣がアレクサンダーの胸を貫いた。皇帝は口から大量の血を吐くと、大理石でできた床に跪いた。
「ジギスムント、お前というやつは……」
アレクサンダーは息子に呪詛の言葉を吐いた。
「父上。この世は力が全てです。たとえどんな手をつかってでも力を手に入れる。……そろそろ、玉座を私にお譲りください」
ジギスムントは父の胸から剣を引き抜いた。アレクサンダーは自分の血でできた血だまりに崩れ落ち、絶命した。ジギスムントは横に控えるシモーヌに言った。
「シモーヌ。皇帝の死体を始末しておけ。それから皇帝は急な病気でみまかられたのだ。いいな」
シモーヌはうなづき、ジギスムントを見た。彼の唇はふるえ、父を殺したことへの罪悪感が彼を混乱させているようだった。まだまだ器としては小さい。だが、操るには都合がいい男だ。シモーヌは表向きはジギスムントに従いながら、彼の価値を冷静にはかっていた。