第二章 戦乱への序曲 第三十二話
「私のもとにも彼らは来たもので……五人は始末しましたが、一人はこうして……」
マクベスは暗殺者の耳に顔を近づけた。
「誰の差し金で我々を襲った?」
暗殺者は目をそらした。ラグはマクベスに目で合図すると、マクベスを下がらせた。
「シモーヌか?」
暗殺者は一瞬だけ目を見開いた。それは注意しなければ分からないほどだったが、ラグはその一瞬の動揺を見逃さなかった。ラグは険しい表情になると、暗殺者を殴りつけた。
「よせ! ラグ!」
ヒーリーはラグを羽交い締めにしてその動きを止めた。
「放してくれ! ヒーリー!」
普段の穏やかさがどこにいったのか、ラグはヒーリーを振りほどこうとして暴れた。
「お師匠様!」
メルもラグの足下にしがみつくと師匠を懸命になだめた。
「放せ! メル!」
「すまないね。ラグ」
マクベスはラグの首筋に手刀を打ち込むとラグを気絶させた。
「シモーヌとはいったい……? まさか、ワイバニアの右元帥?」
エリクがラグの台詞を反芻した。
「シモーヌはお師匠様の仇なんです」
メルが気を失ったラグを見て、エリクに言った。
「仇だって? そんな話、ラグからは何も聞いたことがなかったな……」
ヒーリーは腕を組んだ。
「お師匠様はこのことは誰にも話すことはありませんでしたから」
メルは五四〇年前にラグの身に起こった出来事を話し始めた。
シモーヌとラグは同じ創造主によって作り出された不老不死の人工生命体だった。ラグは彼のもとで錬金術と魔術を学び、シモーヌは彼のもとで政治、戦略を学んだと言う。
「お師匠様を創られた方は、とてつもなくバカで、とてつもなく賢く、とてつもなく優しく、そしてとてつもなくいい奴だったそうです」
メルはラグの創造主について語った。彼ら三人はともに平和な時を過ごし、ともに笑い、ともに怒り、ともに泣いたと言う。しかし、いつしか、シモーヌの中に野心と欲望が生まれ始めた。彼女は牙を隠し、時を待った。そして、五四〇年前の運命の日、その出来事は起きた。
雷鳴とどろく夜、創造主の研究室でラグは見た。創造主の胸にシモーヌが剣を突き刺した姿を。その時のシモーヌは悲しげな笑顔を浮かべていた。雷の光で映し出されたシモーヌの顔はラグを驚愕させた。
ラグがシモーヌの名を呼んだ次の瞬間、稲妻の閃光がラグを襲った。一時視界を奪われたラグが次にシモーヌを見たときには、彼女はすでに消えていた。研究室には創造主の亡骸だけが残されていた。
「……だから、僕は彼女を許せない。彼女は僕の師を、そして最初の親友を殺した。そして、彼女がいる限り、戦乱の種は消えない。この世で最も危険な女だ」
気絶していたラグが目を覚ました。ラグは怒りを押し殺した表情で暗殺者を見た。いや、その背後にある彼の仇を見据えていたのかもしれない。
マクベスは騒ぎを聞き、駆けつけた衛兵に指示を出すと、一同を解散させた。