第一章 オセロー平原の戦い 第三話
さらにヒーリーにとどめを刺したのは、ヒーリーのもう一人の兄、王太子エリクシル・エル・フォレスタルの一言だった。
「ヒーリー。俺からも頼む。本来なら、俺が軍を率いていけば良いのだが、父上を補佐して、政務を取り仕切らなければならない。許してくれ」
王太子ではありながら、現在は国王代理として国の政務の大部分の司る兄に頭を下げられたヒーリーはうろたえた。
「兄上。頭をお上げください。王太子がむやみに頭を下げられてはなりません。それに、兄上にもしものことがあれば、それこそ国の重大事です。出撃の命、謹んでお受けいたします」
「ありがとう。ヒーリー。何か必要なものがあれば、俺とマクベスに言ってくれ」
王太子エリクシルは頭を上げると、五つ下の弟に礼を言った。
ヒーリーはしばらく顎に手をあて、考える仕草をした。
「……では、近衛旅団と各都市の守備隊から弓兵隊を合わせて三〇〇〇名、あと一個攻城兵大隊と一個龍騎兵大隊各一〇〇〇名ずつお貸しください」
ヒーリーは兄二人に、今回必要となる戦力を無心した。兄二人は、お互い顔を見合わせた。
「ヒーリー、寄せ集めの一個旅団、五〇〇〇名で戦うつもりなのかい?」
マクベスはあまりの戦力の少なさに驚いた。
「はい。そのかわり、相手はワイバニア第十軍団、進軍の早さは折り紙付きです。必要な武装のほぼ全てをハムレット砦に集めてください。そうすれば、我々は最短、最速で戦場で展開することできます」
マクベスは五年前に宰相に就任してから、来るワイバニアとの戦争に備えてフォレスタル各都市に武装と補給物資を備蓄させておき、兵力の展開に合わせて戦場に最も近い都市に移送させることで兵力の迅速な移動を可能にさせるネットワークを完成させていた。
ヒーリーは、初めてそのネットワークの実戦使用に踏み切った。これがうまくいけば、ヒーリー軍はほとんど身一つで最前線まで向かうことが出来るため、通常の軍団の倍は早い進軍が出来ると試算された。これはワイバニア第十軍団を遥かに上回る行軍速度だった。
「それでは、私は出撃の準備に入ります」
ヒーリーはそう言うと、席を立った。ヒーリーが国王の間を出ると、父王ジェイムズ・エル・フォレスタルは大きなため息をついた。
「普段も、あのように頭が回ればいいのだが……」
「彼の面倒くさがりは王国随一ですから、余程のことがないとああはなりませんよ」
次兄のマクベスが父に言った。
「それにしても、寄せ集めの一個旅団でワイバニアの精兵に勝てるでしょうか?」
龍騎兵隊長のアレックス・スチュアートが言った。
「ヒーリーが勝算があるというのなら、大丈夫なのだろう。ああ見えても、彼はフォレスタル最高の戦術家だ。直に行って確かめてくるといい」
王太子エリクの言葉に、アレックスは頷いて席を立った。会議の進行役であるジェイムズは会議の解散を宣言し、対ワイバニア侵攻のための御前会議が終了した。