第二章 戦乱への序曲 第二十九話
「勘違い召されるな。皇太子、および両元帥には我々十二軍団の指揮権があるが、それは勅命により我々に出撃命令がくだされたときのみ。軍団の出撃命令権を持つのは、皇帝陛下のみです。このことをお忘れになっては困ります。では、軍務がありますれば、失礼……」
第一軍団長のみに着用を許された緋色のマントを優雅に翻し、ハイネは部屋を辞した。
ジギスムントは机を激しく叩いた。
「予想通りの対応ね……」
シモーヌは腕を組んだ。
「どうする? 奴の龍騎兵がいなくては、フォレスタルへの侵入は至難の業だぞ」
ジギスムントはハイネが思い通りにならなかったことにいらだったが、シモーヌはそれを大して気にしないそぶりで言った。
「私の配下の者を使うわ。王城への侵入はできるはず。……影よ」
「これに……」
シモーヌの声に応えて、どこからともなく黒装束の男が姿を現した。
「話は聞いていたわね」
「はい……」
「フォレスタル王族の全ての者の首を私の許に持ってらっしゃい」
「承知……」
影と呼ばれた黒装束の男はそう言うと、また闇に消えた。
「暗殺専門に鍛えた隠密部隊よ。彼らなら苦もなく王族達の首を刈り取るわ」
シモーヌはジギスムントに言った。こんな部隊があることをジギスムントは知らない。皇帝も、この女もまだ手の内を全てさらしている訳ではないのか。自分が置いてきぼりにされたような沸き立ついらだちを覚えつつ、ジギスムントはシモーヌに言った。
「怖い女だ。お前は……」
「女はいつでも怖いものよ。ジギスムント」
シモーヌは妖艶な笑みを浮かべてジギスムントに近づくと、細く長い指をジギスムントの顎に触れた。
「だから、あなたも寝首をかかれないようにすることね」
ジギスムントは笑った。それが何によるものかはジギスムント自身にも分からなかった。
ヒーリーら、フォレスタル王族に危機が迫っていた。