第二章 戦乱への序曲 第二十六話
同じ日の夜、ワイバニア帝国帝都ベリリヒンゲンにある皇太子居宮”臨星宮”で皇太子ジギスムントは葡萄酒を傾けていた。夜もふけ、ローブに身を包んだジギスムントは豪奢な椅子に腰掛け、窓から見える月を眺めていた。その月の色はグラスの中の葡萄酒さながら赤くきらめき、これから先にまちうける運命を暗示しているかのようだった。
「フォレスタル一個軍団が新設。そして軍団長は我々に土をつけたあの男か……面白い」
グラスを傾け、ジギスムントは笑った。その笑みは残忍極まり、目は野心に満ちあふれていた。
「血の匂いがしそうね……ジギスムント」
彼のベッドには一糸まとわぬ美女が寝そべっていた。
シモーヌ・ド・ビフレスト。ワイバニア帝国右元帥だった。シモーヌはベッドから起き上がると裸のまま、ジギスムントにからみつくように抱きついた。
「不思議な女だ、お前は。何故俺に味方する」
「わたしの愉しみは戦乱、そして野心。あなたはどちらもわたしに与えてくれる。ただそれだけよ」
シモーヌは身体をジギスムントに密着させ、耳元でささやいた。
「見ていろ。俺がこの世界を手に入れてやる。そのためには何であろうと、例え父であろうと邪魔な者は消し去ってくれる」
シモーヌを抱きながら、ジギスムントは笑って言った。シモーヌはジギスムントに顔を近づけると、むさぼるように唇を吸った。ワイバニアでどす黒い策謀が渦巻き始めていた。