第二章 戦乱への序曲 第二十五話
「相変わらずですね。お兄様」
ヒーリーが後ろを振り向くと、そこには鎧に身を包んだ女性が立っていた。マーガレット・イル・フォレスタル。ヒーリーの実の妹であり、フォレスタル最速と名高い第四軍団をまとめる名将だった。
「第五軍団長就任おめでとうございます。これでお兄様も昼寝から解放されますわね」
「羽衣のマーガレットに言われたらかたなしだな。まったく、しばらくはサボれそうにないよ。参謀長がうるさそうだからね」
ヒーリーの背後でメアリが眼鏡を光らせた。勝ち気な妹は不肖の兄に向かって言った。
「メアリが参謀長なら万事安心ですわ。出来の悪い兄をもつと、妹は常に心配ですの。では、失礼します」
マーガレットはマントを翻し、廊下を歩いていった。
「ひどい言われ様だな。俺って」
両手をあげて、ヒーリーはメアリの方を振り向いた。
「図星にしても、ひどい言われ様よ。ヒーリー。あなた悔しくはないの?」
メアリは同期のヒーリーに遠慮ない質問を浴びせた。
「そんな感情、持ち合わせてはいないよ。俺の頭の中にあるのは、どうやったら戦わずに済むか。戦ったとき、どうやったら犠牲を少なくするか。それだけだよ。それに比べたら、俺が悔しいかどうかなんて、小さな問題さ」
ヒーリーの言葉にメアリは少し面食らった。
「あなたって……意外に軍団長の資格あるのね。まずはそこから調教しようかと思ってたけど、見直したわ」
「参謀長にせっかんされる軍団長なんて、シャレにならないからね。そろそろ急ごう。副軍団長もやきもきしているだろう」
ヒーリーらは広場にたどり着いた。広場には新設された第五軍団の人員、約1万名が整列し、その両脇には第一軍団長フランシス・ピットをはじめとするフォレスタル四軍団長、近衛旅団長デビッド・ウォズマリーら軍司令官とメルキド公国特使イスラ・デ・ピノス公女ら外交特使らが舞台を見守っていた。
国王のジェイムズがヒーリーを呼ぶと、ヒーリーはのっそりと壇上に上がって言った。
「第五軍団長のヒーリー・エル・フォレスタルだ。うまくは言えないが、俺たちは生まれたばかりの軍団だ。今は弱いかもしれない。だが、絶対に強くなる。向かうところ敵なしの軍団になろう!」
司令部直衛大隊長になったモルガンが立派なカイゼル髭をゆらして兵を鼓舞した。広場は大歓声に包まれたが、ヒーリー本人は恥ずかしさのあまり苦笑した。
我ながら変な演説だったが、メアリやアレックス、そしてモルガンが兵士達をうまく導いてくれることだろう。問題はワイバニアの動向だ。実戦力がほぼ拮抗した今、必ずどちらかに大攻勢を仕掛けてくるだろう。ヒーリーはそう遠くない未来に待ち受けている大きな戦争の予感を感じずにはいられなかった。