第二章 戦乱への序曲 第二十四話
「よぉ! ヒーリー! 久しぶりだな」
背後からひと際大きな声がとどろき、大柄な男がのしのしと足音を響かせてやってきた。ウィリアム・バーンズ。ヒーリーの悪友にして、第三軍団長をつとめる、フォレスタルきっての剛将だった。
「半年ぶりか。ウィリアム。クレシダの方はどうだった?」
ウィリアムの生家バーンズ家は代々フォレスタル南西部のクレシダ地方を治める領主であり、一個軍団長をつとめてきた。現在の第三軍団もすべてクレシダ地方出身者で構成されており、フォレスタルの正規軍でありながら、バーンズ家の私兵と言った側面が強かった。
「いいぞ。クレシダは。なんたって風がいい。お前も遊びに来いよ。ヒーリー」
ウィリアムとヒーリーが世間話をしていると、一陣の風とともにエメラルド色をした影がウィリアムの背後に降り立ち、ウィリアムの頭を噛んだ。つーっと一筋の血がウィリアムの頭から流れた。
「なんじゃこりゃぁ? ひえっ! り、龍?」
ウィリアムはうわずった声をあげた。
「あはは。ヴェルもウィリアムに会えて嬉しいみたいだぞ」
ヴェルはウィリアムから口を話すと、短く鳴いた。ウィリアムは荒い息がヒーリーにかかるくらいに近づくと、鬼気迫る形相で言った。
「お前、俺がヴェルにどんな目に遭わされ続けているか、知らない訳じゃないだろう?」
「まぁね」
ヒーリーは苦笑しながらほおをかいた。ヴェルがヒーリーのもとに来て以来、ヴェルはたまにやってくるウィリアムを見つけては頭を噛んだり、火を吹いたりしていた。だが、ヴェルの行為自体に悪意はなく、ヴェルにとってウィリアムは「からかいがいのある相手」とみなされているようだった。もっとも、当のウィリアムのトラウマは絶大で、翼竜は見るのも嫌と言う、大の翼竜嫌いになってしまい、大隊長以上の上級指揮官クラスで唯一、翼竜が乗れない人間になってしまった。
ウィリアムはうれしそうに近づくヴェルを避けながら、庭園を逃げるように去っていった。