第二章 戦乱への序曲 第二十三話
「けれど、イスラは妹のようなものなんだよ」
礼装に着替えながら、ヒーリーは言った。
「本人がそう思っていても、実際は違うものよ……はい」
ポーラは次に着る服を渡した。
「ヒーリーは結婚する気はないの? あ、動かないで」
ポーラはヒーリーの上着に勲章を着け始めた。フォレスタル最高の戦術家であるヒーリーは立てた武勲も大小数多く、勲章もまた多かった。ポーラは注意深く、丁寧に勲章を付けていった。
「好きな人はいないわけじゃないけど……まだ、分からないな」
「そう……」
ポーラはそれから黙って勲章をつけていった。
周囲にはポーラとヒーリーは相思相愛に見えるのだが、二人の考えは違っていた。ポーラはポーラでヒーリーのことが好きなのだが、城の給仕と王子、身分があまりにもちがうとあきらめていたし、一方、ヒーリーは身分という問題には無頓着であったが、こと恋愛、結婚と言う話にはまるで免疫がなく、ポーラに対して素直になりきれずにいた。兄二人はポーラとヒーリーが結婚しようとすれば、諸手を上げて賛成するつもりであった。
「軍団長、そろそろお時間です。広場までお願いします」
参謀長のメアリがドア越しに式典の時刻を告げた。
「あぁ、今行くよ」
式典用の第一種軍事礼装と呼ばれる軍服に身を包んだヒーリーはメアリの案内のもと広場へと向かった。
「何とかまとまったな。メアリのおかげだよ。ありがとう」
ヒーリーはメアリに礼を言った。第五軍団編成は想像以上に難航した。地方守備隊の反対にあい、当初の人員の三分の二も集めることができなかった。そこでメアリらは地方軍、水軍司令部と直談判し、一ヶ月の交渉ののちに人員の移動を了承させることに成功した。
「いえ、参謀長として当然の仕事をしたまでですから」
メアリは人差し指で眼鏡を上げた。庭園にさしかかったヒーリーはさみしそうに笑った。
「しばらくはあのベンチで昼寝出来そうにないな」
「ええ。私の目の黒いうちは」
「たまにはいいじゃないか。参謀長。平時は軍団長だって暇なんだから」
「だめです」
ぴしゃりと否定した美貌の参謀長はふと庭園を見た。なんだかんだ言ってヒーリーはサボってベンチに昼寝に行くだろう。たまにだけなら許してやるか。ヒーリーの方を見ずにメアリは優しい微笑みを浮かべた。