第一章 オセロー平原の戦い 第二話
国王の間。ここは御前会議など、国政を左右する重要事項が話し合われる場であった。二式正装と呼ばれる執務用の正装に身を整えたヒーリーは国王の間の大きな扉の前に立った。
「第三王子、ヒーリー・エル・フォレスタル。陛下の命により参内いたしました」
元気さと気怠さを足して二で割った少し大きめの声で、ヒーリーは扉に呼びかけた。すると、彼を圧していた大きな扉が開いた。
「遅い! 何をしていたのだ? ヒーリー!」
玉座に腰掛けたフォレスタル王国国王、ジェイムズ・エル・フォレスタルは不肖の息子を叱りつけた。
「申し訳ありません。陛下」
息子の謝罪とともに、王はため息をつき、円卓への着席を促した。円卓には王太子エリクシル・エル・フォレスタル、王国宰相マクベス・エル・フォレスタル、近衛旅団司令官デビッド・ウォズマリー、国王直属龍騎兵隊長アレックス・スチュアートら、フォレスタル軍の首脳部が座っていた。
「四時間前、オセロー平原でワイバニア軍一個軍団がフォレスタル国境に向け進軍中という情報が入った。ヒーリー、お前は近衛旅団を率いて、ワイバニア軍を迎撃し、これを退却させよ」
ジェイムズの勅命に、ヒーリーは色を変えた。
「お、お待ちください。父上。どうして俺……いや、私が? 他に軍団も、適任者もいるでしょう。ピット将軍は?」
ヒーリーの抗議に応えたのは、彼の兄でもある第二王子にしてフォレスタル王国宰相、マクベス・エル・フォレスタルであった。
「ピット将軍率いる第一軍団はオセロー平原西方のロミオ峡谷でワイバニア軍一個軍団と交戦中だよ」
「第二軍団は?」
「第二軍団もオセロー平原東方のテンペスト湖で、ワイバニア一個軍団と対峙しているよ」
兄の言葉にヒーリーはため息をついた。
「父上。情報は正確に言ってもらわねば困ります。これはワイバニア三個軍団による大侵攻ではありませんか。第一、第二軍団と交戦中の軍団は恐らく陽動でしょう。本命は今進軍中の軍団、ワイバニア十二軍団の中でも最も機動力があると言われる第十軍団だと思われますが、いかがですか?」
国王のジェイムズはヒーリーの考えに頷いた。
「確かに。偵察の龍騎兵からの報告では旗印は第十軍団のものだそうだ。現在、我が第三、第四軍団は南方にあり、北方の国境線であるオセロー平原での戦いには間に合うまい。残っている人間で軍の指揮が出来るのはお前しかおらん」
ヒーリーは黙ってしまった。勅命を拒否すれば、それは国の滅亡を意味する。争いごとが嫌いなヒーリーとしても、拒むことは出来なかった。