第二章 戦乱への序曲 第二十話
「ヒーリー……」
ポーラが見たものはうら若き美女とヒーリーが熱い口づけを交わす寸前の光景だった。ポーラは怒りで脳内の血液が沸騰するかの感覚にとらわれていたが、これ以上ないくらいの平静さを装って言った。
「失礼いたしました。ご主人様。どうぞ、ごゆっくり……」
ポーラはお辞儀をすると、さっときびすを返してドアを閉めた。
「ポーラ! 待てよ!」
ヒーリーはイスラをはね除けると、ポーラを追った。廊下に出ると、見慣れたポーラのショートカットの後ろ姿があった。
「なぁ、ポーラ……」
「なんでございましょうか? ご主人様」
「その……怒ってるだろ?」
「何故でございますか? ご主人様。私達メイドはご主人様に心安らかな毎日をお過ごしいただくのがつとめでございますので、ご主人様がお美しいご婦人とベッドをともにされているのをじゃましないのもまた、メイドのつとめにございます」
ポーラは次第に早足になりながら、白々しい口上をまくしたてた。ヒーリーはポーラに追いつこうと、歩く早さを早めて言った。
「やっぱり怒ってるだろう? べつにイスラとはなんでもないんだって!」
ポーラはきっと振り向くと、仁王立ちしてヒーリーに言った。
「は!? アンタ勘違いもほどほどにしなさいよね! なんでアンタにわたしが怒らなきゃならないわけ!?」
「だって、イスラと俺の姿を見るなり飛び出したし、それにほら、怒ってるじゃないか」
「怒ってないって言ってるでしょ!」
「まったく、朝からケンカとはおだやかじゃないねぇ……」
ヒーリー達の後ろからマクベスの穏やかな声が聞こえた。秘書と文官をしたがえたマクベスは二、三指示を出すと、彼ら二人を下がらせた。