第二章 戦乱への序曲 第十七話
次は参謀だ。冷静に戦局を見渡し、献策を行ない、平時には組織をまとめあげることが出来る人物。フォレスタル軍の中でヒーリーの眼鏡にかなう人物は一人だけいた。だが、彼女だけはヒーリーは参謀にしたくはなかった。
ヒーリーの部屋にノック音が響き、何者かの来訪を中の人物に告げた。ポーラが取り次ぎのため、人物を出迎えたが、その人物を見た途端、ヒーリーの顔色が真っ青になった。
「メアリ・ピットです。祖父より、第五軍団参謀長として加わるよう、仰せつかって参りました」
長い髪を後ろでまとめ、鋭い三角形のレンズをした眼鏡をかけた美女はヒーリーに敬礼した。
メアリはヒーリーと同年の二五歳、第一軍団長フランシス・ピットの孫娘であり、士官学校ではヒーリーと同期でともに机を並べて用兵学を学んだ仲だった。士官学校卒業後は同じ部隊に一年間所属し、厳しい訓練を耐え抜いた戦友でもあった。
そのような関係であれば、ヒーリーとメアリの仲も良いものであろうと想像がつくであろうが、実際には逆で犬猿の仲とも呼べる間柄だった。
もともと、いやいや軍務についていたヒーリーは万事につけサボりがちで、その度にメアリに体罰を受けていた。その凄惨さは食事抜きからはじまり、吊るし上げまで、ヒーリーは時に悪夢にうなされることもあったと言う。
しかし、戦術家、参謀としての手腕は一流で、祖父であるフランシス・ピットが軍団長をつとめる第一軍団に所属し、幾多の策を献じてきた名参謀であった。その能力はヒーリーも認めるものだったが、過去のトラウマがあるため、ヒーリーは彼女の存在を避け続けていた。
「久しぶりだね、メアリ。悪いけど、参謀長はもう決めてしまったんだよ」
冷や汗をかきながらヒーリーは言った。声は少しうわずっていたかもしれない。苦しい嘘だった。ヒーリーは心の底からフランシスを恨んだ。
「そうなの? ヒーリー?」
眼鏡のレンズをきらめかせ、メアリはヒーリーを見た。蛇ににらまれた蛙とはこのことを言うのだろう。ヒーリーはもはや「あ……」「う……」としか言えなくなっていた。
「参謀長ですか? 自分はそのようなことをまだ聞いてはおりませんが……」
場の空気を読んでか読まずか、ソファに腰掛けたアレックスはヒーリーに言った。ヒーリーは、アレックスの方を振り向くと「黙ってくれ!」のジェスチャーを送った。
「へぇ、そうなの。ヒーリー、この私に嘘を……」
静かな怒りの炎をゆらめかせてメアリはヒーリーを見上げた。
「いや、これは、その……」
数秒後、ヒーリーの叫び声が部屋中にこだました。