第二章 戦乱への序曲 第十六話
「待たせて済まなかった。スチュアート隊長」
ヒーリーの部屋のソファでは近衛旅団龍騎兵大隊長のアレックス・スチュアートが座って待っていた。先のオセロー平原の戦いで右肩に戦傷を負った彼は痛々しく右肩に三角帯を巻いた姿で現れた。アレックスはヒーリーに合わせ立ち上がろうとしたが、ヒーリーは彼を制し、ソファに座らせた。
「単刀直入に言います。ヒーリー殿下」
ヒーリーがソファに腰掛けるなり、アレックスは切り出した。
「新設の第五軍団に私を加えさせていただきたいのです」
ヒーリーは面食らった。フォレスタル最強の龍騎兵が自らの陣営に加わると言うのである。ヒーリーにとってこれほど心強いことはなかった。
「しかし、またどうして? 君は俺のことが気に食わないのではなかったのか?」
ヒーリーはアレックスがヒーリーのことを嫌っているのを知っており、そのアレックス自らがヒーリーの軍団に真っ先に参加を申し出てきたのは意外でならなかった。
「はい。ですが、オセロー平原での殿下の戦いぶりを見て、自分の浅慮を恥じました。近衛龍騎兵五個中隊、新兵五個中隊合わせて一個大隊で殿下のお役に立ちたく思います」
「僕は君の思うような男じゃない。買いかぶり過ぎだよ」
どうしてこうも皆、自分のことを過大評価したがるのか。ヒーリーは苦笑しつつ、アレックスの申し出を保留しようとしたが、ポーラがそれを止めた。
「あら、いいじゃない。だって、最強の龍騎兵が味方なんて心強いじゃない」
ヒーリーとアレックスに紅茶を出しながら、ショートカットの給仕の少女は言った。
「ポーラ。あのね……」
「お願いします! 殿下!」
「そんなに簡単なものじゃないんだ」とポーラに言おうとしたヒーリーだったが、アレックスに機先を制されてしまった。断る理由がなかったため、ヒーリーはアレックスを副軍団長に採用した。
「俺は用兵はできても、兵を鍛えることはできない。その点、よろしく頼むよ。アレックス隊長」
アレックスは力強くうなづいた。質実剛健なアレックスの人柄は兵士達には良い刺激になるだろう。ヒーリーは教官としての側面もアレックスに期待した。