第二章 戦乱への序曲 第十四話
「いえ、アルカディア様……俺、いやわたしは迷惑などとはまったく……」
ヒーリーはあわててアルカディアに言った。
アルカディアはメルキド公国の出身で現総帥であるスプリッツァーの妹であり、フォレスタルの和平条約の約束の一つとして、フォレスタル王国に嫁いで来た。政略結婚と言う形ではあったが、出会いはエリクが人質としてメルキドに入国したときにさかのぼる。遠く国許を離れ、孤独な思いをしていたエリクを何くれとなく世話をしたのがアルカディアだった。以来、エリクとアルカディアは良き友として、理解者として、伴侶として、長い時を過ごして来た。夫婦仲の良さは三国に知れ渡り、ヒーリーもこの二人に常日頃から憧れていた。
「いつもありがとう。ヒーリー。わたし達にとてもよくしてくださって。お礼の言いようもありません」
フォレスタルの紅玉と言われる優しく、穏やかで慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、アルカディアは恐縮するヒーリーに礼を言った。彼女の視線の先ではヴェルとじゃれあうトマスの姿があった。
「わたしの力など、兄上に比べたら、全く……」
「ヒーリー。あなたは自分の力を過小評価していますよ。あなたは歴史を変えたのです。自信を持ってよいのですよ。それに、夫エリクもあなたのことをとても頼りにしているのです。無理を言うかもしれませんが、よろしくお願いします」
アルカディアはヒーリーに頭を下げた。憧れの人に頭を下げられ、ヒーリーは困惑した。
「アルカディア様。どうか、頭をお上げください。わたしが出来る限り、兄上の力になります故」
ヒーリーがあわてて言うと、アルカディアは至玉の微笑みを浮かべた。ヒーリーもまた安堵の笑みを浮かべると、後ろから、元気のよい足音が聞こえて来た。