第二章 戦乱への序曲 第十二話
「君は本当に兄君が好きだからね。まぁ、今回は楽しいものを見させてもらったよ。しかし、ロバートにつかまらないようにしなくてはね。彼の小言をずっと聞くことになるかもしれないから」
政治顧問のリードマンをファーストネームで呼び捨てにして、ラグはあたりを見回した。フォレスタル王国の中で、リードマンを呼び捨てに出来るのは現在、ラグただ一人だけだろう。
「数百年生きて来た君でも、徹夜の小言は嫌いかい?」
ヒーリーは隣の親友に意地悪く笑って言った。
ラグは人間ではない。人によって生み出された人工生命体である。アルマダには彼を含めて三体しか存在せず、製法も現在はラグしかしらない。もっともラグ自身も完全な人工生命体を作り出してはおらず、幼児体しか完成出来なかった。それがメルである。
人工生命体であるラグは年をとることもなければ、死ぬこともない。不老不死の体を持っており、フォレスタルに流れ着いて数百年、宮廷魔術師兼錬金術師として、国を見守り続けて来た。
「とくにロバートのはね。彼が小さい時なんか僕のラボに入りびたっては、目を輝かせて僕とメルの発明を見ていたものだったのに……年はとりたくないもんだね」
「そうですなぁ。まことに……」
ラグの背後でしわがれた老人の声がした。二人はその声を聞いた途端に立ち止まり、ゆっくりと後ろを向いた。ラグの白い首筋にうっすらと冷や汗が流れるのをヒーリーは見逃さなかった。
「や、やぁ。ロバート……」
「ラグニール殿。まことに結構なご挨拶ですぞ。式典のときも、そのように神妙な態度でいらっしゃればよかったのに……」
リードマンは老獪な笑みをラグに向けた。
「まぁまぁ、リードマン卿。その、ラグも反省しているようだし……」
ヒーリーはラグに助け舟を出した。しかし、リードマンの静かな怒りはフォレスタル一の功労者にも向けられていた。
「これはこれは、ヒーリー殿下。お父君を向こうにまわしてのお姿、ご立派にございましたな。しからば、この爺めにも、その態度ご教授させてもらいますまいか……」
ご教授? 冗談じゃない。リードマンの小言に付き合っていたら一日の徹夜どころか、三日は徹夜する羽目になる。何より、リードマンの鋭い眼光がそれを物語っていた。
「ヒーリー、逃げるよ」
ラグは小声でヒーリーに合図すると、持っていた煙幕弾を床に投げ、爆発させた。白い煙幕は廊下中に広がり、周囲を白く包み込んだ。
「今だ! ラグ!」
「あ、これ! 逃げるでない!」
ラグとヒーリーは白い煙幕からひと際早く飛び出し、全速力で廊下を走り抜けていった。二人は廊下を抜け、庭園の中にあるベンチに腰掛け、荒い息を吐いた。