第一章 オセロー平原の戦い 第一話
船上の盟約の締結によって、二〇年以上の間、世界は安定を保ちながら戦乱の傷をいやしていた。争いが全く無くなることはなかったが、それでもアルマダに暮らす人々は緩やかな日々に安息を見いだしていた。だれもがこの時間が永く続いていくと信じていたが、星王暦二一八二年六月四日、安息の日々は突如終わりを告げた。
「ヒーリー! ヒーリー!」
フォレスタル王城の広い敷地の中を侍女のポーラ・ワイズマンはある人物を探し続けていた。彼女は彼がいる場所にあたりをつけては、広い王城の中を走り回っていた。
「ヒーリー! ……あ」
城のはずれにある植物園のベンチで彼女はようやく探し人を見つけた。探し人は彼女の苦労を知らずに眠っていた。ポーラは息を弾ませながら、彼の近くに寄ると、彼を起こそうとした。
「ヒーリー。起きて! 国王陛下がお呼びよ!」
ポーラは彼を揺らして現実世界に呼び戻そうとしたが、当のヒーリーはいやそうに寝返りをうって言った。
「うーん……。あと五分……」
能天気と言うか、自分勝手ともいえる彼の態度に、彼女はキレた。ポーラはヒーリーの耳たぶをむんずとつかむと、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「こら! ヒーリー! いい加減、おきろ!」
城中に響き渡るかと思う大声に、ヒーリーはベンチから飛び起きた。彼らの周囲では、ポーラの声に驚いて、たくさんの鳥が羽ばたいていった。
「うぁー……、ポーラ。頼むから、もう少しエレガントに起こしてくれ。頭ががんがんする」
だるそうにヒーリーは給仕服姿の侍女に言った。
「何言ってるの。ヒーリーが起きないから悪いのよ。いつも夜更かししてるから朝が弱くなるの」
ポーラはまるで弟に言い聞かせるかのように言った。
「あのなぁ、ポーラ。俺は二五歳で君より年上だし、一応、王子なんだから、多少敬ってくれてもいいだろう?」
ベンチに腰掛けたヒーリーは二歳年下の侍女に上目遣いで言った。ポーラはヒーリーの抗議に意に介すこともなく、腰に手をあてて言った。
「別に、ヒーリーはヒーリーなんだし、いいじゃない。それに『あいつは少し厳しいくらいがちょうどいい』って陛下のお墨付きももらっているのよ。……あ! それより、早く仕度! 陛下がお呼びよ」
「面倒臭いな。これでいいだろう?」
ヒーリーは濃緑色の寝癖まじりの頭をかきながら言った。
「だめ!正装して、身なりをきちんとしてGO! よ!」
快活な侍女は、のっそり歩く主人を蹴飛ばした。