第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百八十話
ベティーナは逃げた。斜面を駆け上り、ミュセドーラス平野からの脱出を試みた。アルトゥルが命をかけて送り届けた斜面は敵のただ中だった。
一刻も早く斜面から離れなければならない。ベティーナはたちまちフォレスタル軍の龍騎兵に発見されるところとなった。
息を切らせてベティーナは走った。しかし、地を駆ける人間と天を翔る翼竜では移動速度に天地の差がある。龍騎兵はベティーナめがけて急降下した。ベティーナも一流の剣士である。彼女は細剣を引き抜くとタイミングを合わせて竜の喉に突き立てた。翼竜は断末魔の咆哮をあげ、地面に激突した。
二人目の龍騎兵が降下を開始したその時、背後から大きな声が聞こえた。
「やめろ!」
命令した龍騎兵はベティーナの眼前に舞い降りると彼女に一礼した。
「自分はフォレスタル軍第五軍団第一龍騎兵大隊副隊長クリス・キートンです。その剣腕。名のある武将とお見受けいたしました。失礼ながらお名前を伺いたく思います」
「ワイバニア軍第七軍団長ベティーナ・フォン・ワイエルシュトラス」
ざわつく部下達を、キートンは手で制した。
「閣下の用兵を遠くより見ておりました。お会いできて光栄です」
場にそぐわず、握手を求めたキートンは出した手を引っ込めると苦笑した。
「不本意でしょうが、あなたを拘束させていただきます。ご心配なく。閣下の人権は保証します。わたし達の軍団長は人を大事にする方です。まず、悪いようにはしないでしょう」
キートンは自らの翼竜の背にベティーナを乗せると、静かに飛び立った。