第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十九話
「アルトゥル……」
ベティーナは口をおさえた。彼の全身は赤く焼けただれていた。胸甲と上腕だけが無傷だった。彼女を抱えてきたのだろう。星明かりとたいまつの明かりでベティーナは自分の体を見ることが出来た。袖口にわずかにすすを残しているが、彼女自身は全く火傷を受けていなかった。いや、それ以前に彼女の服はほとんど濡れていなかった。その瞬間、彼女は全てを理解した。アルトゥルがここまで運んだのだと。彼女に火の粉がかからぬように、彼女が濡れぬように守りながら。そして、彼女を安全な場所まで連れてきた後息絶えたのだと。
「アルトゥル。ありがとう……。わたしは、わたしは……」
決して報われることのなかった、アルトゥル・フォン・シュレーゲルの人生。ワイバニア帝国の公式記録には「アルトゥル・フォン・シュレーゲル。第七軍団副軍団長。ミュセドーラス平野にて行方不明。戦死認定」とのみ記述されている。同僚にも部下にも、彼の能力、功績は認められることはなかった。そして、これからも認められることはないであろう。ただ一人、ベティーナ・フォン・ワイエルシュトラスを除いては。
軍団長にのみ着用を許されたマント。アルトゥルが守り抜いたベティーナの象徴。彼女はいたわるように、恩人の遺体にマントをかけた。
戦場の片隅で静かに嗚咽が響く。星明かりの陰で、彼女は泣いた。声も出さずに、ただ涙だけを流して。