第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十八話
「全軍かかれ!」
スプリッツァーの号令のもと、メルキド・フォレスタル連合軍はミュセドーラス平野から退却をはかるワイバニア軍に追いすがった。
血で染まった汚泥をかき分け、幾万の屍を踏み砕き、連合軍は苦痛にのたうつワイバニア軍にさらなる出血を強いたが、軍団長らの命をかけた足止めに、思うような損害を与えられずにいた。
「ワイバニア軍は名将ぞろいだ。さもあろう」
メルキド軍大将軍タワリッシは部下からの報告にうなずいた。
「たいまつを高くかかげよ。前線に少しでも明かりを照らしてやるのだ」
夕暮れ時は終わり、平野は闇に閉ざされつつある。タワリッシは後衛の兵に命じて、かかげられるだけのたいまつをあげさせた。
「よぉし! フォレスタル第三軍団全軍突撃! 前方の敵第七軍団を撃滅する」
ベティーナ・フォン・ワイエルシュトラス率いるワイバニア第七軍団は第六軍団同様、甚大な被害を受けていた。司令部大隊はそのほとんどが焼死、もしくは溺死し、騎兵大隊も無惨な骸を平野にさらしていた。
だが、第七軍団にとって最も不運だったのは、軍団長たるベティーナが行方不明になっていたことだった。
頭脳を失った部隊ほど脆弱なものはない。ワイバニア第七軍団はフォレスタル第三軍団の猛攻の前になすすべもなく全滅した。
ベティーナは自軍からはるか離れた場所で目を覚ました。
「ここは……?」
兵の雄叫びが腹に響く。山の斜面はたいまつがかかげられ、煌煌と斜面を照らしている。だが、戦場は遠い。
ベティーナの意識が少しずつ現実に帰っていく。味方はいない。誰一人いない。敵すらも。ただひとつだけ、彼女の見知った者、彼女が信頼を寄せた者の亡骸がある以外は。