第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十七話
一方、ミュセドーラス平野に残存するワイバニア軍はもはや戦力とは言えない代物にまでおちていた。
しかし、それでも「軍」としての規律を保ち、退却することが出来たのは軍団長の能力の非凡さの現れであろう。
「軍団を二つに分ける! 新兵と負傷兵は全速で後退しろ。第一歩兵大隊の残存兵力は護衛だ。彼らを国へ帰してやってくれ」
ワイバニア軍第八軍団長ゲオルグ・ヒッパーは焼けたマントを引きちぎった。
「軍団長は?」
若い参謀が言った。顔の火傷を手でおさえているが、声を出す余裕は十分にあった。
「俺は残る。炎も引いてきた。炎が消えたら、敵は斜面を下りてくるだろう。退路を確保しなければならんからな」
「わたしも残ります」
「だめだ」
尚も残ると言い張る参謀をヒッパーは殴りつけた。
「お前ごときが何の役に立つ? 参謀が一時の感情に流されるな。戦いを冷静に分析しろ。敗戦から戦訓を学べ。戦う意味を考えろ。……立派な参謀になれ。それでこそ、俺たちがここで死ぬ意味があるのだ」
敬礼し、去っていく若者の背中をヒッパーは優しいまなざしで見送った。まるで、父が我が子に対するように。
一時間後、ワイバニア軍第八軍団長ゲオルグ・ヒッパーは戦死した。
ヒッパーの死と時を同じくして、ワイバニア軍第六軍団長オリバー・リピッシュも戦死した。
第六軍団は炎と水による被害を最も多く被った軍団であった。メルキド軍の攻勢が再開した頃、彼の手元に残った兵力は一〇〇〇にも満たなかった。それでも、彼は負傷者を後送し、後日に備えるとともに他の軍団長同様、殿となって戦った。
しかし、兵力差はいかんともしがたく、マレーネ、ヒッパーに続き、彼もまたミュセドーラス平野の大地に沈んだ。
「参謀長……。わたしはここまでのようです。あなたのお言葉、確かに伝えました……」
新第十二軍団長、リヒャルト・マイヤーは全身に矢を受け死んでいった。彼は、ワイバニア軍史の中で最も在任期間が短い軍団長になった。
連合軍の火攻めに浮き足立った第十二軍団の兵士達は我先に後方へと逃げ出した。十二軍団の中で最も素行の悪い荒くれ者ぞろいの第十二軍団の欠点が最悪の時期で現れた。マイヤーは必死でおさえたが、彼の力をもってしても、兵の逃散は止められようもなかった。
残軍を統率する中、第八軍団を撃破したローサ・ロッサ率いるメルキド軍第五軍団の側面攻撃を受けたのである。
アルマダ最強の女将の前に、烏合の衆の第十二軍団はひとたまりもなかった。ワイバニア軍を率いる軍団長四人がわずかな間にその命を散らしたのであった。