第二章 戦乱への序曲 第九話
ポーラが落ち着くのを待って、ヒーリーは謁見の間に通されることになった。すでに整列を終えていた文武百官の前でヒーリーは国王に戦果の報告を行った。ヒーリー軍の戦果は一個旅団でありながら、一個軍団のそれを遥かに超えていた。
ワイバニア一個軍団の壊滅。中でも龍騎兵に対し、全滅に近い損害を与えたのは大きかった。これは過去、どの軍団もなしえたことのない戦果であり、「歩兵は龍騎兵に勝てない」というこの世界のルールを打ち破るものであった。ハーヴェイ率いる第二軍団はワイバニア第七軍団とほぼ同等の損害を与えており、ワイバニアの国力がいかに大きいとはいえ、これほどの損害では、すぐの出兵は出来ないと予想された。ヒーリーもそのことを予想して、ワイバニア軍に壊滅的打撃を与えており、軍務を離れる口実が出来たと内心喜んでいたが、父王、ジェイムズがヒーリーに与えた恩賞は、そんなヒーリーの期待を大きく裏切るものだった。
「ヒーリー・エル・フォレスタル。貴殿を第五軍団長に任命する」
謁見の間にいたラグはそのときのヒーリーの様子に笑いをこらえるに必死だったと言う。正規軍団長、もしくは隊長に任命されることはフォレスタル軍人にとって至上の栄誉と言ってよい。本来の軍人ならば大喜びするところだが、ヒーリーは違っていた。
父王に第五軍団長に任命されると聞いた瞬間、ヒーリーは目をむき出し、口はしまりなく開き、肩を大いに落としたと言う。この驚きと落胆の入り交じった反応をした王子もまた、フォレスタル史上初めてではないだろうか。ヒーリーは正装した文武百官が居並ぶ前で大きなため息をついて言った。
「つつしんでご辞退申し上げます」
「何故だ。ヒーリー。いつまでも兵を持たぬ指揮官では決まりが悪かろう」
父の問いに、ヒーリーは決められた口上を棒読みするかのように答えた。
「わたしはまだまだ未熟者の身の上、軍を預かる器ではありませぬ故、この上はどなたか他の適任者に任命をご再考いただきたく思います」
言葉の上では極めて丁寧なものであったが、ヒーリーの態度の端々からは「嫌だ」という意思がはっきり見て取れた。
その親子のやり取りにラグは笑いをこらえるのに必死で、肩を小刻みに震わせていた。
「お師匠様。笑っちゃだめですよ」
ラグの隣に立っていたメルは笑いをこらえている自分の師匠を肘でこづいた。
「だって、ヒーリーがね……」
背の低いメルの視線に合わせるようにラグはかがんでメルに言った。メルは師匠の態度にため息をつくと師匠をもう一度肘でこづいた。
「ほら、お師匠様もしゃんとしないと。面倒臭いことになりますよ。リードマン卿も怖い目つきでこっちをにらんでますし」
政治顧問のロバート・リードマンがメルとラグをにらんだ。政治の第一線から退いたとはいえ、三十年前にフォレスタル王国を救った英雄の眼光はまったく衰えていなかった。普段は好々翁で通っているリードマンであったが、こうした式典の作法には非常に口うるさく、たとえ国王、王子であろうとも容赦なく雷を落としていた。
これはあとでお師匠様もただでは済むまい。徹夜でお小言だけ済むとよいが……メルはそう遠くない未来の師匠の運命に少し同情した。