第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十六話
「フォレスタル第五軍団全軍は、ワイバニア第一軍団を迎え討て!」
ヒーリーは自分に言い聞かせるように語気を強めた。彼はハイネを殺したくなかった。いくら自分で否定し、抑えようとしても最高の好敵手とまみえることは武人にとって最上の喜びである。幾度もの戦いを交え、ヒーリーの中には友情にも似た、敵意とはことなる感情が芽生えつつあった。
もし、同じ陣営にいたなら、ハイネとヒーリーは互いに反発し合いながらも認め合う真の親友となり得たのではないか。
だが、現実は違っていた。互いに互いを殺し合うために全知を尽くして戦っているのだから。
(くだらないな……)
ヒーリーは軍人としての自分を優先させた。陣形が流れるように変化していく。
「いかにフォレスタルの用兵が巧みであっても必ず隙は生じる。その瞬間を狙う」
ハイネは攻めつつも待っていた。ヒーリーの防御陣はハイネの攻勢に反応して素早くその形を変化させ、突破の隙を与えない。
ヒーリーは四度にわたるハイネの歩兵突撃を全て防いでみせた。しかし、四度目の突撃に生じたわずかな隙をハイネは見逃さなかった。
「全軍、突撃!」
ハイネは剣を振り下ろした。
「しまった!」
ヒーリーはうめいたが、ワイバニア軍はくさびをうつかのようにヒーリーの防御陣を突破していく。フォレスタル軍が後方展開を終える頃にはワイバニア軍はフォレスタル軍の攻撃可能距離から離れてしまっていた。
「追撃しますか?」
「いや、軍団全体の足並みが揃わない。悔しいが、これ以上彼らと戦っても戦力の浪費でしかない」
「しかし、敵第一軍団を逃がしては今回の戦略目的は達成されないのではありませんか?」
メアリの進言をヒーリーは手で制した。
「今回の戦略目的はワイバニア軍の侵攻能力を消失させることだ。残存するワイバニア軍の基幹軍団は第四軍団のみ。これでは、他国への領土的野心を有しても、再度侵攻は不可能だろう。それに、相応の抑止力を持たなければ、どちらが第二のワイバニアになるとも限らない」
「メルキドがそうなるとでも?」
「俺たちフォレスタルも同じだ。兄上達は名君だし、大臣達も皆見識と良識を兼ね備えている。だが、人の心とは良心の陰にとんでもない悪魔を棲みつかせているんだ。俺は戦場で、それを学んだよ」
「ヒーリー……」
「全軍に通達。最敬礼しつつ、戦場から目を背けるな。これが俺たちの未来の姿かもしれない。平和を手に入れたいのなら、戦いたくないのなら、目に焼き付けろ」
ヒーリーは燃え盛る戦場を見た。炎は誰の区別も無くワイバニア兵を飲み込んでいく。地獄と言うものがあるのなら、自分はきっと永劫、地獄の業火とやらに焼かれ続けるのかもしれない。ヒーリーは誰よりも長い間戦場を見つめていた。