第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十五話
「そうか……」
伝令からの報告を受けたスプリッツァーはうなづいた。
「これより作戦の第二段階に移る。前線の弓兵に連絡」
総司令部の側にいるメルキドの伝令兵が角笛を鳴らす。一つだけだった音色が二つ、そして四つになり、幾百もの低高合わせた旋律が紡ぎあげられていく。
「この曲はワイバニアの曲……?」
「ただの曲ではありません。これは、レクイエム……。まさか!」
エルンストは平野に目を凝らした。平野が夕日を反射して光っている。
「油だ!」
ワイバニアの葬送曲が終わり、戦場に静寂が訪れる。ワイバニア軍の将兵に最早、運命から逃れる術は無かった。
斜面から無数の火矢が飛来した。
「全員逃げ……」
そう言ったのは誰であったかわからなかった。だが、彼が言い終える前に平野は炎に包まれた。
『太陽が生まれた』とメルキド軍史に記された程の炎が戦場を覆った。単に水攻めをしただけではワイバニア軍を全滅にまで追い込めない。ヒーリーは自軍の攻城兵大隊を戦場に先発させ、平野に流入する河川の一つをせき止め、そこに大量の油、魔術散弾を仕掛けておいたのである。
平野に広がった炎がさらに魔術散弾を誘爆させ、さらに大きな爆炎を生む。ミュセドーラス平野は一瞬にして炎熱地獄と化した。
「これは、もう戦いではない……」
ハイネは友軍の将兵達が炎に巻かれている様を苦々しく見つめていた。
ハイネとて救援に行ってやりたかったが、それは不可能であった。ワイバニア軍で戦力らしい戦力を有しているのは彼と殿のグレゴールの第四軍団のみ。しかもハイネは敵中に孤立しており、脱出することでさえ至難の業だった。
「第一軍団全軍、魚鱗の陣形をとれ。敵軍の中央を突破し、ミュセドーラス平野より撤退する!」
ワイバニア軍最強の軍団は最後の突撃を開始した。




