第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十四話
アルマダ史上最大の会戦、ミュセドーラス平野大決戦。この戦いから生還した兵士達はその重く響く音を生涯忘れなかったという。
ミュセドーラス平野入口部、干上がった渓谷がたちまちのうちに濁流に飲み込まれ、旧第十一軍団の兵士の亡骸を洗い流していく。
鉄砲水が押し寄せてくることをミュセドーラス平野にいたワイバニア軍の誰もが認識できた。
「水が来るぞ!」
誰が叫んだかわからない。だが兵士達は本能的に身を守る術を知っていた。彼らは分隊、小隊単位で菱形陣を組んだ。盾を壁に、兵達は互いに体を支え合い、水に流されまいとしていた。
陣形を組んだワイバニア軍に容赦なく鉄砲水が襲いかかった。兵も将も関係なく、濁流はワイバニア軍の大軍団を飲み込んでいった。
「うぉっ!」
兵士達は身を固くして水に耐えた。水かさが脚から膝、そして腰へと増していく。屈強な兵士達も水勢に敵わず、流されていった。
「これが大将軍の秘策……」
メルキド軍第五軍団長ローサ・ロッサはつぶやいた。作戦計画でタワリッシとフランシスの水攻めは知っていた。しかし、これほどの水量、これほどの破壊力とは。平野をまるごと一呑みし、大軍をなぎ倒した濁流を目の当たりにして、メルキド軍最高の女将は息をのんだ。
同じ頃、ハイネ・フォン・クライネヴァルト率いるワイバニア第一軍団との激闘の最中にあったヒーリーも平野部のワイバニア軍に視線を移していた。
「想像以上の威力だ……。だが……」
ミュセドーラス平野はほぼ円形の山地を貫くように入り口が存在している。連合軍はその北側を塞いだに過ぎない。ワイバニア軍を倒した水流は南側入り口に殺到し、平野から流れ出ていった。
水が引き、押し流される水に耐えた兵士達が、それぞれ身を起こし始めている。陣形こそ崩れているが、未だに戦力の過半がミュセドーラス平野に踏みとどまっていた。
ヒーリーは伝令の龍騎兵を呼んだ。
「スプリッツァー総帥に連絡。これより、作戦の第二段階に移る……と」
龍騎兵は短く礼をすると、スプリッツァーがいる連合軍総司令部へと飛び立った。