第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十三話
「フォレスタル軍は我々を突破させてくれないようです」
ワイバニア軍第一軍団参謀長エルンスト・サヴァリッシュは傍らの軍団長ハイネ・フォン・クライネヴァルトに話しかけた。その表情は実に晴れやかであった。エルンストの心はハイネの心でもあった。十二軍団長中最も誇り高く、最も強い男は空を仰ぎ高らかに笑った。
「そうか。ヒーリー・エル・フォレスタルよ! 我々に敬意を払うか……」
「ますます突破が難しくなりましたが、なんと清々しい気分でしょう。ここで倒れたとしても悔いはありません」
ハイネは愛剣の切っ先を前方に向けた。
「ワイバニア第一軍団は総力を挙げて敵軍を討つ! 敵の包囲は厚い。正面の血路を拓いて脱出する。第一軍団、前進!」
ワイバニア軍は進路を変え、ヒーリーがいる司令部大隊めがけて前進を始めた。
「来たな……」
装甲馬車のやぐらに上がったヒーリーは不敵に笑った。ハイネはこの時代において最も傑出した武人である。そして武人であるが故に誇り高い。こちらが堂々とした戦いを挑めば、ハイネもまた正面から戦ってくれるだろう。
武人同士故の信頼か。ヒーリーは言葉に尽くせぬ葛藤を抱きはじめていた。
ワイバニアとの戦いも終結に向かいつつある。最早戦う理由は無いはずなのに、戦おうとしている。自分自身は戦うのも軍務に就くのも嫌なはず。公務を離れ、小さな町で私塾を開くのが夢だった。それなのに、万にも及ぶ軍を率いて、アルマダ最高の将と戦うことに心沸き立つ自分がいる。わずか前までは仲間を失いたくない。人が死んでいくのを見たくないと思っていた。だが今は戦いたいと思っている。最高の好敵手に勝ちたい。自らのすべてを尽くして!
「これが最後の戦いになるのね」
彼に続いてやぐらに上がったメアリが言った。ヒーリーは彼女に馬車の中に戻るように言ったが、彼女はヒーリーの申し出を拒んだ。
「見届けたいの。この戦いの行く末を。たとえ死ぬことになっても……」
戦場の雄叫びが変わる。フォレスタル第五軍団とワイバニア第一軍団の激突が本格化したのだ。地鳴りにも似た轟という響きがヒーリーとメアリの体を襲う。
ヒーリーは前方で戦う緋色の軍団を見た。整然とした隊列と陣形はハイネが最強の軍団を率いるに足る力量の持ち主であることの現れであった。美しさと強さを兼ね備えた陣形はフォレスタル屈指の戦術家であるヒーリーすら嘆息させた。
「なんという見事な布陣だ。だが……」
ヒーリーはワイバニア軍のさらに後方、ミュセドーラス平野を見た。作戦の最終段階。ワイバニア軍崩壊への序曲が始まったのである。