第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十二話
ハイネ率いる第一軍団を見たヒーリーは、すぐさまワイバニア軍に対していた機動歩兵五個中隊に防御を命じた。
「消極的ね。ヒーリー」
「もう大勢は決したんだ。血を流す必要は……」
装甲馬車に乾いた音が響く。メアリに頬を張られたヒーリーは姿勢を崩した。
「あなたの言うことは正しいわ。ヒーリー・エル・フォレスタル。でも、戦いの意味を考えなさい。お祖父さまは、敵は、そして、わたし達は何のために戦い、死んでいったの? 彼らは強い。そして敬意に値する敵だわ。あなたがしようとしているのは、彼らに手心を加えようとしているのよ。わたし達を舐めないで。皆、死ぬ覚悟はできている。わたし達が求めているのは、何故戦い、死んでいくのかという意味なの。これを最後の戦いにしたいのでしょう? ヒーリー。なら、戦えとわたし達に命じなさい」
メアリは片膝をついたヒーリーを見下ろした。拳は固く握られ、口は真一文字に結ばれている。ヒーリーは立ち上がると彼女に背を向けた。
「命令するーー」
更迭される。メアリは身を固くしたが、彼の発した言葉は彼女の予想とは異なるものだった。
「弓兵大隊は敵軍正面に射線を集中し、敵を足止めさせろ。後衛の重装歩兵大隊はそのまま。あとは大隊長の判断で敵を攻撃せよ。龍騎兵大隊にもその旨厳命するように」
「ヒーリー」
「参謀長。二人きり以外のときでは『軍団長』『参謀長』と呼び合う約束だったはずだが?」
美貌の参謀長は顔を赤く染め、口をおさえた。
「参謀長とここにいる幕僚全員に命じる。俺を絶対に振り向かせるな。手形がついた顔のまま指揮をとるのは恥ずかしくてしょうがないからな」
たちまち、装甲馬車の中に笑い声がひびく。張りつめていた空気が変わっていく。ヒーリーが本来の姿を取り戻したのだ。
「俺たちが相手にしているのは、まぎれもなく地上最強の武人達だ。俺は逃げない。俺のすべてをかけて、奴らを倒す。皆、ついてきてくれるか?」
幕僚全員が彼の背中に敬礼した。フォレスタル第五軍団とワイバニア第一軍団の戦いは最終局面に突入した。