第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百七十話
「うぐっ!」
「マレーネ様!」
エアハルトが叫んだのは上官が血を吐いたのと同時だった。馬を走らせ、彼はマレーネの許へと急いだ。
「ピット卿、あなたは……」
「ふふ、上位軍団長と相討ち。これで死んでいった部下達にも申し訳が立つ」
笑うピットをよそにマレーネは腰の剣を抜いた。
「あとはわしの死とともに……」
フランシスは次の言葉を紡ぐことは出来なかった。マレーネが最後の力を振り絞り、老将の首をはねたのだ。宙を舞うフランシスの首をこの戦いに参加した全ての将兵が見たと言われている。
「おじいさま……」
フォレスタル第五軍団司令部でメアリが口を押さえた。この時、斜面の戦場では異常な事態が生じていた。フォレスタル軍が一方的に戦闘を中止したのである。これを受けたワイバニア第一軍団も同時に戦闘を中止した。
「戦う意志のない敵はもはや敵ではない」
第一軍団参謀長エルンスト・サヴァリッシュはこう言って、攻撃中止を命じた。このとき、ハイネは何も言わなかった。フォレスタル軍が攻撃を中止した瞬間から、彼の目はフランシスに釘付けになっていた。この戦いに参加した者として、アルマダ史上最高の将の最後を見届けなくてはならない。ハイネだけではなく、誰もがそう思っていた。
「マレーネ様!」
エアハルトが血の海に横たわるマレーネに駆け寄った。マレーネの純白のマントも白銀の鎧も彼女の軍服もみるみるうちに朱に染まっていく。副官は何度もマレーネの名を呼んだ。
意識が遠のき、大量の出血に震えながら、マレーネは副官に最後の言葉を絞り出した。
「逃げて」
マレーネの呼吸と震えが止まった。それは彼と上官との永遠の別れを意味した。言い知れぬ喪失感が彼を襲う。だが、それと同時に今の状況が彼の中でオーバーラップした。盆地のような平野。集結した味方。平野には敵がいない。敵がいるのは斜面。そして一瞬前に告げられた言葉。マレーネの亡骸を強く抱きしめ、彼は叫んだ。
「逃げろぉぉぉ!」
しかし、時の女神はワイバニアには味方しなかった。このとき、スプリッツァーの右腕は既に振り下ろされていたのである。