第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百四八話
「側面よりフォレスタル軍」
伝令兵からの報告を受けたヒッパーは背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
ワイバニア軍第八軍団はローサ・ロッサとタワリッシによってもはや崩壊寸前だった。ここに来て、五個大隊が押し寄せては軍団は壊滅するだろう。まして、敵将はアルマダ最高の軍団長の一人である。ヒッパーの予感は限りなく現実に近かった。
「重装歩兵大隊を出し、側面の守りを固めよ」
堅実で有能なワイバニアの指揮官は命令を発した。最大限の努力はしたが、自身の声が震えるのを、彼は自分の中で感じた。
フォレスタル第一軍団がワイバニア第八軍団に突入したのは、ヒッパーが声を発した直後だった。魚鱗の陣形で突入したフォレスタル軍が肉食魚のごとく獰猛にワイバニア軍の脇腹をえぐっていく。ワイバニア軍も大隊長の各個の判断でフォレスタル軍に対する防御を行っていたが、フランシスらの武勇の前ではきわめて脆弱だった。突入後わずかの間に、第一陣が突破された。
「よし、ひけ!」
「退却。全速で斜面に向かえ」
フランシスの動きをみたメルキド軍の二人の指揮官は馬首をひるがえして、部下に命じた。最後まで戦場に残り続けていたメルキド騎兵と歩兵が後方の丘へとかえっていく。
「深追いはするな! 全力でフォレスタル軍にあたれ」
ヒッパーははやる部下を押さえようとしたが、その必要はなかった。味方を一方的に殺戮した強さを持つ部隊を好んで追撃しようとは誰も考えなかった。ワイバニア兵はつかの間の生を得られたことを喜んでいた。
このことが、ワイバニア第八軍団の崩壊を決定づけた。フォレスタル軍は錐のような鋭さで最早陣形とは言えなくなったワイバニア軍の隊列に切り込み、穴をあけた。
「あの二人に攻められては仕方ないでしょうが、もろかったですな」
参謀長の言葉にフランシスは無言で応えた。彼の目には、突破しつつある第八軍団は映っていない。さらに次の標的を見据えていた。
「次はワイバニア第一軍団を討つ。フォレスタル第一軍団全軍、魚鱗の陣で敵側面を攻撃せよ」
声低くフランシスは命令を下した。フランシスと彼の軍団の眼前には、ミュセドーラス平野の荒れた大地が広がっていた。