第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百四七話
およそ、どの軍においても、軍団の総指揮官たる者は、戦場で先頭に立って指揮など行わない。全軍を統率する者が戦死してしまっては、軍団そのものが崩壊してしまうためである。
ローサ・ロッサもタワリッシもそのことはよく理解している。しかし、二人はあえて味方の先頭に立って戦った。ひとつには苦戦の最中にあるメルキド軍の兵士たちを鼓舞すること。そして、もう一つには、敵に軍団長、大将軍が自ら指揮を執っていることを敵に印象づけることだった。
軍団長指揮下にある大隊長クラスが相手なら、軍団長クラスは二、三人相手取っても優位に戦える。大隊長クラスでも、軍団長に迫る能力を持っている者もいるが、それでも一万人の兵力を指揮統率する人間は、それ相応の能力を有しているのである。
戦場に軍団長が二人も三人もいる。それだけで、攻められる側は判断に迫られるのである。二正面作戦を避け、各個撃破するか。どちらかの部隊に対する防御を固めるべきか。陣形は? 様々な思考がめまぐるしくヒッパーの脳内で回転し、最善の戦術が導きだされている。
しかし、メルキドの上将二人は巧妙だった。示し合わせたかのように、同時攻撃したかと思えば、片方は引き、片方は攻めると言った具合でワイバニア第八軍団をきりきり舞いさせた。ヒッパーが堅実な手腕を持っていたとしても、部下の大半はそうではなかった。未熟な伝令兵が未熟な伝達を行い、指揮官を困らせる。指揮官の当惑は陣形の乱れにつながる。無様な陣形のほころびを見せたワイバニア軍にメルキド軍が襲いかかる。崩壊して行く自分の軍団を、ヒッパーは苦々しく見て言った。
「全軍、密集隊形をとれ」
ヒッパーの声はやや震えていた。ヒッパーが指揮する兵力は八〇〇〇あまり。攻撃するメルキド軍はわずかに一五〇〇。自軍の四分の一にも満たぬ数の敵に、ワイバニアきっての戦巧者が翻弄されているのだ。
タワリッシ、ローサ・ロッサの実力はどちらもワイバニアの上位軍団長に匹敵する。敗北しても、彼を責める者はいない。だが、現在の状況は彼の武人としての矜持を大きく傷つけた。
前にローサ・ロッサ、背後にタワリッシ両将の攻撃を受けてのたうち回るワイバニア軍を馬車上から眺める二人がいた。フォレスタル軍第一軍団長フランシス・ピットと参謀長キングストン・ウェルズリーである。
「そろそろかの」
フランシスの問いに、ウェルズリーは無言のうなずきで返した。
アルマダ三国で最長の軍歴を持つ軍団長は指揮杖を振り上げた。
「全軍に通達! 目標は前方の敵歩兵大隊。一戦してメルキド軍に退却の時間を与えてやれ! ……突撃!」
フランシスの命を受けたフォレスタルのもののふたちは剣を抜き、雄叫びをあげた。