第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百四五話
メルキド軍を攻めていたワイバニア三軍団長の中で、最も苦境に立たされていたのは、ワイバニア軍第八軍団長ゲオルグ・ヒッパーだった。
フランシスの急襲に呼応してメルキド軍大将軍タワリッシとメルキド軍第五軍団長ローサ・ロッサ、二人の軍団長格がワイバニア第八軍団に前後から攻勢をかけたのである。ヒッパーは前方のローサ・ロッサ、側面のフランシス、後方のタワリッシを同時に相手しなければならなかった。ヒッパーも三国に戦上手として知られた名将である。しかし、タワリッシ、フランシス、ローサ・ロッサの三人は彼に勝るとも劣らぬほどの勇将、知将である。三人を相手に戦うには彼では荷が重すぎた。
「防御を固めよ」
ヒッパーは部下に命じたが、ヒッパーには彼の思い通りに動いてくれる兵力は持っていなかった。ワイバニア第八軍団は新兵の実地教練のための部隊である。いくらかの実戦を経験しているとはいえ、動きは他の軍団と比べても精彩を欠いていた。
「敵軍は隙だらけだ。前方の歩兵を蹴散らして、本隊が後退する時間を稼ぐ」
前線の混乱を見たローサ・ロッサは即座に騎兵の正面突撃を決断した。彼女は後退する第五軍団本隊を副将に預けると、自分は騎兵一個大隊を直卒し、最前線に立ったのである。槍を携えたメルキド騎兵が彼女の命令のもと、隊列を整えてワイバニア軍に押し寄せていく。ローサ・ロッサも剣を抜き、愛馬を駆って敵に向かっていった。
メルキド人特有の浅黒い肌に、動きやすいよう短く切られた髪。すらりとのびた長身。凛々しく、力強い彼女の勇姿は、戦場に映えた。
「ローサ・ロッサの征く所に敵はなし」とメルキドの歌物語にも記されている。戦場を疾駆する戦女神の姿にメルキド軍の士気はますますあがり、ワイバニア歩兵を次々と血祭りにあげていった。
「敵の騎兵と正面から戦うのは得策ではない。こちらも騎兵を出して、敵の側面をつく」
ヒッパーらしい、堅実な命令だった。単純にローサ・ロッサだけと戦うのなら的確な指示だった。しかし、命令変更によって生じたわずかな隙を見逃さない将軍がいた。
「ローサ・ロッサが美人なのはわかるが、俺にも振り向いてもらわないと、寂しいものだ。これでも、美丈夫で通っているのだからな」
メルキド公国大将軍タワリッシは冗談めかして言った。すぐ隣にいた大隊長は心の中で肩をすくめた。どうやら、大将軍は戦ほど冗談は上手ではないらしい。
「ワイバニア騎兵と歩兵の移動が交差するポイント狙って集中攻撃する。一斉に矢を射かけよ」
タワリッシの命令が速やかに伝達され、ワイバニア騎兵と歩兵の頭上に矢が降り注いだ。