第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百四一話
その頃、メルキド軍とワイバニア軍との戦いは終局を迎えようとしていた。ワイバニア軍は徐々に包囲をせばめつつある。メルキド軍の軍団長達も密集隊形をとり、防御を固めていたが、ワイバニア軍の攻勢を前に、一人、また一人と倒れていった。
「どうやら、与えられた仕事はこなせたみたいね」
白銀の甲冑に身を包んだ女将がつぶやいた。ワイバニア軍第二軍団長マレーネ・フォン・アウブスブルグである。彼女の目の前には、整然と槍を構え前進する軍団が見える。彼女の統率のもと、よく組織された白銀の軍団は、前方のラシアン・フェイルード率いるメルキド軍第六軍団に出血を強いていた。
「え、あの、それはどういうことでしょう?」
傍らに立つ副官のエアハルト・フォン・シュライエルマッハが尋ねた。士官学校を卒業したばかりの新米士官では、まだまだ実戦経験が足りない。”ワイバニアの聖母”の異名を持つ美貌の軍団長はその二つ名に違わぬ微笑をたたえると、エアハルトに教えた。
「わたし達は敵軍を分断し、その右翼を包囲下に置いているわ。予備兵力が侵入できたということは、左翼のフォレスタル軍に対しても絶対的な数的優位が確保できる。両翼同時に各個撃破できるの。これは、右元帥閣下の両翼分断、時間差による各個撃破という戦略目的を達成したことになるのよ」
副官は目を輝かせながらうなづいた。彼にとっては戦術の理解よりも、年長の上官に対するあこがれが勝っていた。マレーネもまた、彼の気持ちには気づいているだろう、しかし彼女はそれを表情に出さぬまま、戦闘指揮を続けた。
「もっとも、敵がこのままの状態でいてくれればの話だけれど……」
エアハルトにも聞こえぬ声で、マレーネは独語した。まだ何か連合軍は策を隠しているのではないか。シモーヌの戦略すらも、自軍をおびき寄せるための罠ではないか。明敏な軍団長は用心せずにはいられなかった。
ミュセドーラス平野南側斜面、連合軍総司令部が設置された大型装甲馬車、その櫓の上に立っていたメルキド公国総帥スプリッツァーは右手を高く掲げた。彼の背後では伝令兵が矢をつがえている。スプリッツァーが右手を大きく振り下ろすと、伝令は天に向け、矢を放った。耳を痛める不快な高音が戦場に響く。その意味を解した伝令は命令を伝えるべく、馬を走らせた。
「全軍後退、斜面へ退避せよ」
百を超える伝令騎兵が、四方へと散っていった。