第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百四十話
フォレスタル第四軍団を破ったマルガレーテ・ハイネマン率いるワイバニア郡予備兵力三個軍団はミュセドーラス平野に突入すると、左翼に展開しているワイバニア第三、第七軍団との合流を目指していた。
ワイバニア軍第九軍団を中核とした増援部隊は数こそ一五〇〇〇と出撃時から大きく数を減らしはしたが、それでも対峙するフォレスタル軍よりも数は多かった。
戦略的に、ワイバニア軍は初期の目標を達成しつつあった。連合軍右翼はワイバニア軍第二、第六、第八軍団によって半包囲され、連合軍中央部もハイネらワイバニア第一軍団によって身動きが取れずにいる。
ワイバニア軍は龍翼の陣の分断に成功し、各個撃破への足がかりをつかむ一方で、連合軍は絶体絶命の危機に陥ったのである。
ローサ・ロッサが、ディサリータが、ラシアン・フェイルードが勇戦しようと、老練極まるワイバニアさん軍団長が作り上げた鶴翼陣形は身じろぎもしない。
ウィリアム率いるフォレスタル第三軍団の武勇をもってしても、自軍の三倍近い兵力差はくつがえしようもない。
メルキド軍もフォレスタル軍も、左右で、ただただ大軍にすりつぶされるのを待つばかりになっていた。
戦場の後方、ミュセドーラス平野入り口からやや離れた斜面で、戦況をうかがう老武人の姿があった。フォレスタル軍第一軍団長フランシス・ピットである。齢七十を超えるフォレスタル軍随一の将軍は長いあごひげをひとなですると、持っていた双眼鏡を傍らの老参謀に手渡した。
「ふむ、ワイバニア軍のほぼ全軍が出て来てくれたが、どうしたものかの。これでは退くこともままなるまい」
老将は隣の参謀を見やった。彼は右手に双眼鏡を持ち、左手の指先は自分の長い三つ編みをくるくるともてあそんでいる。器用なことをするとフランシスは笑ったが、彼はその動きをやめることはなかった。
「さすがにワイバニアの上位軍団ですなぁ。軍団同士の連携がとれている。軍団の連絡部を狙おうかと考えていたのですが、なかなかどうして」
老参謀はそう言うと、双眼鏡をおろした。フォレスタル軍第一軍団参謀長キングストン・ウェルズリーである。
「それで、どうする? キングストン」
フランシスはウェルズリーに尋ねたが、答えは決まっていた。数十年来にわたってコンビを組んで来たウェルズリーにはフランシスの意図が手に取るようにわかる。単なる確認のために問うているにすぎない。ウェルズリーはもてあそんでいた三つ編みをピンと弾くと、相棒に言った。
「敵が連絡部の防御を固めるのであれば、自然、その付近の防御は弱くなりましょう。密集隊形で敵第二軍団の側背を急襲し、これをもって鶴翼陣形を分断します」
ウェルズリーの作戦案にうなづいたフランシスは背後を顧みた。ミュセドーラス平野斜面、その森の中に無数の星が瞬いている。フォレスタル第一軍団の精兵達である。その眼光はするどく士気は高い。まだまだ、十二分に戦える。フランシスは再び戦場に身体を向けると、覚悟を決めた。