第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百三六話
「いまいましい! ここまでコケにされるなんてね。第九軍団、あの死に損ないどもを片付けるよ! あたしも出る!」
後退しつつあるフォレスタル第四軍団を目の前に、マルガレーテは青筋を立てた。
「待ちなさい。これ以上動いてはだめ。わたし達の目的は平野内の戦力バランスを崩すことよ!」
フランシスカは僚友に言った。彼女は敵軍の戦術的後退がが偽装でないことを見抜いていたが、同時に後退の陰にさらなる悪魔的な戦術が隠されていることを看破していた。
より損害が少ない状態で戦うにはさえぎるもののいなくなった渓谷出口を目指す他はなかったのである。
「あんたの言いたいことは分かるよ、フランシスカ。けど、このままやられ放題はあたしの腹の虫が収まらないんだ!」
マルガレーテの焼けた肌が紅潮しているのが、傍らの参謀長にもよくわかった。今日、この日だけは、マルガレーテを止めねばならない。お嬢様然とした参謀長は汗ばむ手をにぎりしめた。ここで指揮官を制止しなければ、全軍の勝利はおぼつかないのだから。
「待ちなさい。マルガレーテ!」
「フランシスカ、軍団長はあたしだ。全軍、全速で前進!」
フランシスカの制止を振り切ったマルガレーテ率いる第九軍団先鋒に、黒金の流星が降り注いだ。
「ちっ!」
舌打ちするマルガレーテの頭上に、翡翠色の軍旗が翻る。それはフォレスタル軍の旗の色だった。
「スタンリー・ホワイト……」
頭上の崖をにらみつけるマルガレーテは敵将の名を呼び、歯ぎしりした。マルガレーテの前には、すでに追跡不可能な程遠ざかったマーガレット本隊の姿が見える。もう、この戦いは終わったのだ。ワイバニア軍指折りの勇将は静かに愛用のウォーハンマーを下ろした。
「マルガレーテ……」
僚友を思いやるフランシスカの後方で、低く重い音が響いた。攻城兵中隊が予備軍団後方の崖を落としたのである。はるかに狭められた侵入口には、もう大軍が入り込める余地はない。ワイバニア軍は完全に退路を塞がれる形になった。
「そう、これで完全に終わったのね。この戦いが……」
フランシスカは一言つぶやいた。
ワイバニア第九軍団長マルガレーテ・ハイネマン率いるワイバニア軍予備兵力は多大な犠牲を払いながらも侵入口の突破に成功した。