第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百三五話
「右翼を厚くなさい。敵第十二軍団を受け流すのです」
三個軍団の攻撃を受けながら、マーガレットはまだ冷静さを保ち、指揮を続けていた。後ろにはミュセドーラス平野の広々とした大地が広がっている。突破は時間の問題だった。
「軍団長、限界です。もう持ちこたえられません」
第四軍団次席参謀、アビー・マクファーデンが声を上げた。味方は満身創痍。最早満足に戦える状態ではない。退却を進言した。
「あと一撃……。あと一撃……」
マーガレットは次席参謀を半ば無視し、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。何かを待っている。若き女参謀は前線を見据える上官を見て思った。
「敵もやりますね。わずか三〇〇〇でここまで戦うとは……。重装歩兵大隊突撃! 眼前の敵を蹴散らしてください」
ワイバニア第十一軍団長に昇進したヴィクター・フォン・バルクホルンは重装歩兵の密集突撃を選択した。歩兵対歩兵の戦いにおいて、重装歩兵の突撃にまさるものはない。数時間前、同じフォレスタル第四軍団を打ち破った歩兵突撃にヴィクターは自信があった。
第十一軍団の旗印を掲げた歩兵が傷ついたフォレスタル歩兵に猛牛のように迫り来る。甲を深くかぶったマーガレットの眼が輝いた。
「今ですわ! 陣形転換! 全軍前進! 敵と崖の隙間に入り込みなさい!」
マーガレットは愛剣を振り上げて部下に命じた。フォレスタル王国最速を誇る第四軍団が、驚くべきスピードで敵軍と崖が作り上げた間隙に向かっていく。
「しまった!」
「やられた!」
マルガレーテとヴィクターは同時に叫んだ。マーガレット率いる第四軍団はその異名に違わぬ羽衣の様な動きでヴィクター率いるワイバニア第十一軍団の突撃をかわすと、彼らの背後に展開し、攻撃を加えたのである。
「くそ、坊やが焦るから……」
マルガレーテは悔しさに歯がみした。ヴィクターの洞察眼は十二軍団中随一だが、実践経験が少ない。マーガレットも実戦経験が乏しい点ではヴィクターと同じであったが、彼女は敗戦から戦訓を学び取ることを忘れなかった。この差が今回の戦いに現れたのである。
「第一撃を加えると同時に、全速後退! 攻城兵中隊の展開のための時間を稼ぐのです」
マーガレットは戦場を支配し続けた。傷つきながらも堂々とした戦術機動は見事に敵の目を引きつけたのである。
「速い!」
マーガレット本隊の陰に隠れるように、スタンリーが用意した攻城兵二個中隊がせまい谷あいを横切っていく。その様子を見たマーガレットは甲の下で微笑した。