第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百三四話
「何と言うことだ……」
スタンリーは驚愕に目を見開いた。龍騎兵隊の攻撃は彼が想定する最悪の事態であり、最も実現の可能性が低いシナリオだった。もはや反対側の崖を崩すことは出来ない。スタンリーは拳を握りしめた。
「攻城兵二個中隊を割いて、反対側の崖に回しましょう」
「しかし、半分の数では崖を崩すことは出来ません」
スタンリーの命令に攻城兵を率いるそれぞれの中隊長は反対した。崖は長い。五個中隊の大半以上が横一列に並んでなお、余ある程である。上空の脅威は去ったとはいえ、わずか二百名の攻城兵が護衛もなく並ぶのは危険極まることだった。
「気持ちは分かりますが、ここで崖を崩さねば、作戦全体が崩壊します。わたしも全軍で崖に当たりたい。しかし、上からの援護がなければその時間を稼ぐことも出来ません」
スタンリーはマーガレットの戦いを見せた上で、部下達に現状を説いた。マーガレットは善戦しているが、次第に数で押し切られつつある。崖を崩して退路を絶つには、時間も兵力も不足していた。
「時間がありません。すぐにでも反対側の崖へ向かうのです」
スタンリーは光る汗を拭いて部下に言った。中隊長達は敬礼すると無言で崖を下っていった。一方、崖下のマーガレット本隊はマルガレーテ率いるワイバニア第九軍団相手に劣勢に転じつつあった。マルガレーテ直率の軍団だけであるならば、マーガレットはまだ戦いようはあっただろう。マルガレーテは力でマーガレット本隊を後退させると、両翼後方に配していたヴィクター率いる第十一軍団と、リープクネヒト率いる第十二軍団を投入した。
両軍団合わせて一万の兵が左右からマーガレット率いるフォレスタル第四軍団に押し寄せた。
「後退! 後退しなさい! 早く!」
マーガレットは自軍を後退させた。マルガレーテ率いる第九軍団との激闘で疲弊しつつある第四軍団には戦線を維持するだけの力は残っていなかった。
「これはまずい」
崖の上から、スタンリーはうめいた。このままでは攻城兵の展開が間に合わないまま、戦線を突破されてしまう。「作戦失敗」スタンリーは崖から退却を決意した。
「あれは……」
スタンリーは陣形を変える見方第四軍団の姿を見た。敵の大軍に圧されながらもその流れを受け流そうとしている。マーガレットは未だ戦いを捨てていない。
「全機動歩兵は弓兵装備のまま待機。本隊を援護します。諸君、ここが正念場ですぞ」
スタンリーは崖下の姫君を助けるべく、行動を開始した。




