第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百三三話
侵入口左側の崖に並んだ攻城兵たちが、スタンリーの合図と共に大きな槌を振り上げる。これが地に突き刺さるくさびに打ち付けられたとき、砂岩質の崖はもろく崩れさる。一糸乱れぬ整然とした動きで槌が振り下ろされようとしたそのときだった。攻城兵の一人が、聞こえるはずのない音を聞いた。
「おい! あれ……」
隣りの兵に声をかけようとした瞬間、彼の五体は彼の仲間もろとも、翼竜の牙によって引き裂かれた。彼だけではない、スタンリーの対岸の崖にいたフォレスタル攻城兵五個中隊は龍騎兵の急襲を受けていた。
「ようやく、間に合ったな……」
上空警戒していたワイバニア軍第一軍団龍騎兵大隊長ゲルハルト・ライプニッツはつぶやいた。フォレスタル軍の閃光、轟音攻撃を受けたワイバニア軍の翼竜達は人間よりもはるかに優れた感覚器官をもつが故に、そのほとんどが、戦闘不能に陥っていた。しかし、翼竜にはそれぞれ個体差があり、感覚器が鈍化している個体も中には存在する。ワイバニア軍右元帥シモーヌ・ド・ビフレストは傷の程度が軽微で、かつ戦闘可能な翼竜を選出させた。
その数は総数わずか、百にみたぬ程度であったが、彼女は臨時の龍騎兵隊を編制すると、予備兵力の援護にあてた。
「右元帥閣下もよくやる……」
ゲルハルトは眼下の龍騎兵を見た。彼率いる百人の龍騎兵隊は各軍団の大隊長、中隊長クラスが顔を揃えている。いわば、ワイバニアのトップクラスのドラゴンライダーのみで結成された最精鋭部隊である。例え五倍の兵力差であろうと、自分の愛騎でなかろうと、フォレスタル軍を圧倒する戦いぶりを見せていた。
「隊列を組み直せ! 一人であたるんじゃない!」
圧倒的不利な状況の中、フォレスタル軍中隊長は果敢に抵抗を試みた。しかし、運命は彼に味方することはなかった。崖の上のさえぎるもののない場所で密集隊形をとるフォレスタル軍は、空の支配者たるワイバニア龍騎兵にとって格好の獲物に過ぎなかったのである。
「歩兵は龍騎兵に弱い」
彼はアルマダの不文律をその死の瞬間まで何度も繰り返しつぶやいていた。次々と部下達が翼竜の牙と爪で切り裂かれていく中、ようやく彼の番がやって来た。
真正面から飛来した翼竜は、彼の視界を覆うと、一息で彼の上半身を食いちぎった。彼にとってせめてもの幸福だったのが、彼率いる中隊が無惨に全滅した姿を見ることなく死を迎えたことと、痛みを感じることなく逝けたことだろう。五個中隊を蹂躙し尽くしたワイバニア龍騎兵は勝ちどきをあげ、本営へと戻っていった。