第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百三二話
ワイバニア軍一五〇〇〇は濁流のようにフォレスタル軍へと殺到した。侵入口に迫る兵の群れは一歩進むごとにその速度を上げていった。
大軍による正面突撃はマーガレットが最も恐れていた戦術だった。兵力差は一対五、まともに戦えばまず勝ち目はない。回避行動を行なうフォレスタル軍を目に、マルガレーテは声を上げた。
「はっ! それでよけたつもり? そのまま敵を押し崩せ!」
「もうすぐ……、もうすぐ……。今!」
マーガレットは羽衣の名に恥じぬ高速機動を指揮してのけた。極端な鋭角を描いた斜線陣に素早く陣形を組み直すと、ワイバニア軍の突進力を受け流し、ワイバニア軍第九軍団に出血を強いた。
さながら、かんなで削るようにというのはこの戦いに参加したワイバニア軍第九軍団参謀長フランシスカ・エンチェンスベルガーの言葉であったという。損害自体は軽微だったがその速度は大きく削られている。このままでは頭上から再び岩盤を落とされてしまう。明敏な参謀長は敵の旗印を見た。
「まずいわ。旗に生気が満ちている……」
「何ロマンチックなことを言ってるんだい? 力で押すよ! 魚燐の陣形へ。あの薄っぺらい敵をうちやぶってやるんだ」
マルガレーテは浅黒く戦場焼けした腕を振り上げた。
フォレスタル軍の戦術は巧みだが、一万五千の大軍にしてみれば、あまりにも小勢だ。何度も攻撃を繰り返しているが、損害は小さい。いつでも倒すことが出来る。マルガレーテは楽観的だった。
しかし、マルガレーテに反して、参謀のフランシスカは焦っていた。一刻も早く、侵入口から離脱したかった。マルガレーテとは対照的に、フランシスカは目の前のフォレスタル軍三個大隊にそれほど脅威を感じていなかった。彼女が恐れていたのは、マーガレットの背後にいるスタンリーの存在だった。たった一個大隊で一個軍団を無力化させ、上位軍団を足止めした手腕、その存在はたった一人で数個軍団に匹敵する。ハイネ、ヒーリー、タワリッシ。アルマダ最強、最高の将からの尊敬と畏怖を一身に集める達人、フランシス・ピット彼に最も近い境地にある指揮官がスタンリー・ホワイトだった。
「スタンリーに気をつけろ……」
フランシスカは傍らの盟友に気づかれぬ程小さな声でつぶやいた。
彼女の目は常に崖の上を向いていた。はるかな高みから万を超える軍団を押しつぶすかの様な重圧を明敏な参謀長は感じていたのである。
「勘の鋭い娘ですな。ヒーリー殿下を見ているようです」
双眼鏡越しに、スタンリーは崖下のフランシスカを見た。恐怖で顔を青ざめさせているが、戦う意志を捨ててはいない。マーガレットとの戦いに専念している上官の代わりに、自分が警戒しようというのだ。優等生を見る先生の様なまなざしで、伝説の男は敵軍の参謀長を見下ろしていた。
「向こう側の崖に命じなさい。地を落とせと」
フォレスタル屈指の知将は眼光鋭く部下に命じた。