第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百二十九話
「射て!」
弓兵隊長の命令と共に、一斉に矢が放たれた。バネの反発力によって飛び出す矢は精度と威力に難はあるが、十分な殺傷力を有している。矢を受けた最前列のワイバニア兵がバタバタと倒れていく。
「矢は盾で防げ! ひるむな、前進!」
歩兵指揮官は細剣を振り上げ、兵達を叱咤した。ワイバニア歩兵は武器を槍から盾に持ち替え、矢を防ぐ。盾の緩やかな丸みは矢を弾き、そのことごとくを地に落とす。フォレスタル軍の矢をかわしながら、ワイバニア歩兵はさらに前進を続けた。
「さすがはワイバニア軍、地上戦でも堂々とした戦いぶりですわ。後衛から二個中隊を割いて左翼の厚みを増やしなさい。同時に右翼は後退、急ぎなさい!」
前回の戦いとはうってかわった指揮。マーガレットはここに来て、”羽衣のマーガレット”の真価を発揮しはじめていた。先の十二軍団の戦いの敗因はマーガレットが冷静さを欠く程、功に焦っていたことと、マーガレットの力量以上の兵力を彼女が直率してしまったことにあった。
しかし、三〇〇〇という兵力はマーガレットにとっては必要充分な数だった。狭い谷間は兵力の展開を良く見せてくれる。マーガレットは斜線陣をしくと、ワイバニア軍の前進力を受け流した。
「よし、そろそろ頃合いですわ」
ワイバニア軍が策にかかったことを認めた彼女は、マーガレットは手を高く掲げた。
「参謀長、軍団長からの合図です」
「よし、くさびをうちこみなさい」
スタンリーは指揮下の部隊に命じた。彼直属の攻城兵達が「そうれ!」とかけ声を上げて地面にくさびを打ち込んだ。不快な音を立てて、彼らの足もとの地面にひびが入りはじめた。
「あれは、まずい! 全軍、後退!」
異変に気づいたマルガレーテは全軍後退の指示を出したが、全ては遅かった。自軍の真上から地面が降って来たのだ。ありえない……。マルガレーテは傍らの参謀長を見た。
柔和な表情を崩したことのないフランシスカもまた、その表情を硬化させていた。
「よけろ、よけるんだ!」
「どこへ! うわぁぁぁ!」
前線の兵士達は断末魔の叫びを上げながら崩された岩盤に押しつぶされていった。