第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百二六話
ミュセドーラス平野侵入口、その断崖に翡翠色の軍服に身を包んだ男女が立っていた。
「敵はわたくしたちの五倍。これを食い止めろだなんて無茶な任務を押し付けられたものですわ」
「確かに無茶ですが、無謀ではありません。この狭い谷です。地形を味方につければ、十分に戦えます」
フォレスタル第四軍団参謀長、スタンリー・ホワイトは自信ありげに言った。戦いの中でスタンリーは変りつつあった。いや、意識して考えるべきであろう。第四軍団の半数を失ったマーガレットの猪突以後、スタンリーは積極的に前に出て、作戦の立案や戦闘指揮を行なった。
その働きはマーガレットに信頼を寄せられるまでになっていた。マーガレットも全幅の信頼を寄せていたというわけではない。しかし、この小さなはげ頭の参謀に抱いていた悪印象の大半は消え失せつつあった。
「谷を下ります。そろそろ敵と遭遇する頃でしょうから」
マーガレットは手綱を引くと、眼下の戦場へと戻っていった。そのころ、ワイバニア軍予備兵力はその前方にフォレスタル軍三個大隊を捉えつつあった。
「軍団長、先行の騎兵大隊より連絡! 敵軍、約三個大隊侵入口出口付近に確認とのことです!」
伝令からの連絡を受け取ったマルガレーテは鼻を鳴らした。
「たった三個大隊で、あたし達の前に出るなんて、大した冗談だね」
「待った」
笑いを浮かべようとするマルガレーテをフランシスカが止めた。
「何さ、フランシスカ」
「前衛の騎兵大隊を下げましょう。第一陣は第三歩兵大隊。第二陣は弓兵大隊。直ちに戦闘準備を」
「は? 何を言い出すんだい? たかが三個大隊くらい、騎兵大隊で十分撃破できるだろう?」
「わたしだったら、二重の馬防柵の中に騎兵を閉じ込めて、弓兵で狙い撃ちするわ。それで騎兵は壊滅ね」
マルガレーテは参謀の言葉に目を見開いた。
「少しは慎重にならないと。こんな局面にこんな寡兵で戦いを挑むなんて、誰が指揮を執っているかわかるでしょう?」
「『スタンリーに気をつけろ』 か……」
マルガレーテの世代にも、スタンリー・ホワイトの雷名は轟いている。ワイバニア第十二軍団を一時的にでも戦闘不能に陥れ、上位軍団に一撃を与えたスタンリーの手腕。十数年を経ても衰えることを知らないその強さ、その戦術は、警戒してもなお足りないものだった。
マルガレーテはフランシスカの進言を聞き入れ、陣形の再編に着手した。