第二章 戦乱への序曲 第四話
「それにしても、敵さんの手並みは鮮やかじゃのぅ。新戦法を惜しげもなくさらす手口といい、ジークムントを手玉に取る機動戦術といい。なかなかのものだて」
長く伸びたあご髭をもてあそびながら、十二軍団長中随一の戦歴を誇る第四軍団長のグレゴール・フォン・ベッケンバウアーは言った。
「グレゴール翁の言はもっともだが、真に恐るべきは敵将の洞察眼と情報力であろう。まるで全ての動きを予測していたかのような戦いぶり。大したものだ」
第一軍団長のハイネが言った。彼は二四歳と史上最年少でワイバニア第一軍団長の地位にある天才で、戦術眼の高さと、完璧で的確な戦術指揮能力を持ち、”ワイバニアの至玉”と讃えられる将であった。
「なんと言ったかの……かの将は……。どこかで見たことがあるのじゃが……」
「ヒーリー・エル・フォレスタル。フォレスタル王国の第三王子との情報です」
グレゴールの問いにヨハネスが答えた。フォレスタルの姓を聞いたとたん、グレゴールは笑い出した。
「ほほほ……こいつはいい。フォレスタルの血族はそろって曲者ばかり生み出しよる。じゃが、それにしても今回はとんだくわせ者を生み出したものじゃて……」
齢七二を過ぎた老将の目に鋭い光が宿った。
「『歩兵が龍騎兵に負ける』この世界の不文律を壊してしまいましたからね。大変な人です」
第十二軍団長のヴィクター・フォン・バルクホルンが今回の会議の最重要議題でもあるキーワードを口にした。史上最年少の一八歳で十二軍団長の一人に抜擢された少年は、周囲の注目に耐えきれず萎縮した。
「諸将よ」
皇帝の声が会議の空気を一変させた。たった一言だけ口にしたに過ぎないが、その声は周囲のものに無意識のうちに緊張感を与えた。
「バルクホルン軍団長の言う通り、この戦いで世界の不文律が崩された。歩兵が龍騎兵に打ち克つ術をフォレスタル王国が見いだした。歴史が変わったのだ。諸将よ。もはやフォレスタルに対する絶対的優位はない。侮るな。この翡翠の龍将を……」
竜王の間の広い室内に、アレクサンデルの言葉が低く、そして、荘厳に響き渡った。その声と覇気は居並ぶ諸将と息子すら圧し続けていた。