第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百二五話
ワイバニア第一軍団とフォレスタル第五軍団との二度目の戦闘において、ヒーリーらフォレスタル第五軍団が受けた被害は甚大だった。強力な戦力であるアルレスハイム連隊が壊滅したのである。特に連帯付副官兼参謀のレイの傷は重く、最早戦場に立つことは不可能だった。
ヒーリーはアルレスハイム連隊残余を後方に下げると、軍団の再編に着手した。
「さて、どうしたものか……」
装甲馬車の櫓の上に立つヒーリーの眼前には、ハイネ率いるワイバニア第一軍団の陣形が見える。ハイネは盤石の態勢でヒーリーを待ち構えていた。
「あえて、動くまい」
ヒーリーが大きく陣形を変えている頃、ハイネは真紅の旗をたなびかせる軍団を見渡して言った。ここに留まること、それがハイネの勝利を意味するのだ。左翼のメルキド軍を撃破すれば、次は右翼のフォレスタル軍を攻める。それまでは中央に位置するヒーリーらを引きつけておけば良いのである。ヒーリーとの決着にこだわる必要はなかった。
ヒーリーとしても、アルレスハイム連隊を欠いた今、正面からハイネ達と当たろうとは考えていなかった。フォレスタル第五軍団とワイバニア第一軍団とでは兵力的に拮抗しているが、新兵が半数を占める第五軍団では練度において大きく劣る。
これ以上の戦闘はさらなる被害を生むだけだった。
「退く訳には、いかないな」
しかし、ヒーリーは動くわけにはいかなかった。軍団を動かせば好きが出来る。そして、その隙を見逃す程、ハイネは甘い相手ではない。あと少しの間だけ、ヒーリーはここでにらみ合いを続けなければならなかった。
ミュセドーラス平野侵入口では、ワイバニア軍予備兵力一九〇〇〇がさしたる妨害のないまま、狭い渓谷を通過しようとしていた。
「あっはっは! 敵は恐れをなしたのかねぇ? 影も形もありゃしない」
予備軍司令官のワイバニア軍第九軍団長マルガレーテ・フォン・ハイネマンは櫓の上で声を上げた。彼女の後ろには、参謀長のフランシスカ・エンツェンスベルガーが控えている。ショートヘアでやや荒っぽいマルガレーテとは対照的に、フランシスカはお嬢様然としている。碧い眼に白い肌、そして綺麗にカールされた金色の髪は人形を思わせた。
「油断は禁物よ。マルガレーテ。敵は前から来るとは限らないのだから」
柔和な微笑みをたたえて、フランシスカは言った。彼女は上官であるはずのマルガレーテにも遠慮がない。マルガレーテがそれを許していることもあるが、ワイバニア屈指の富豪の子女である彼女はそれ以上に超然としている。フランシスカには上官、部下と言った価値感がないのであろう。ハーフマントに特注のロングスカート、彼女がしつらえた軍服に身を包んで、お嬢様参謀長は渓谷の風を浴びていた。
「わかってるよ、フランシスカ。後続のヴィクターと、リヒャルトにも伝えてある。でも、敵にはそれほどの戦力は残ってないんじゃないのかい?」
「四個大隊……」
「何だって?」
「わたしなら、四個大隊あれば守りきれるわ」
フランシスカは上官に確言した。ワイバニア軍はこの後、わずか四個大隊に振り回されることになる。