第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百二四話
「すごい……」
威風堂々と立つ翡翠の龍将。アンジェラにはその姿が神々しく見えた。それはかつて、ハイネに助けられた時のように、何か大きな力を感じていた。
ヒーリーは振り返るとアンジェラに言った。
「遅くなってすまない。……ハイネがおれの読みを上回った。おれの責任だ」
ヒーリーは地に横たわるレイを抱いた。
「おい、レイ。しっかりしろ」
「はは……。女に抱かれたかったんだがな。ヒーリー」
「悪かったな。あいにくアンジェラは手が塞がっているんだ。おれで我慢しろ」
笑いながら咳き込むレイを抱き、ヒーリーは言った。
「ヴェル!」
相棒の名を呼ぶと、一匹のエメラルドワイバーンが舞い降りた。
「ヴェル、重いけれど我慢してくれ、大事な友達なんだ」
ヴェルは力強くうなづいた。誇り高きエメラルドワイバーンは主と認めた人間以外を乗せることはない。翡翠色の肌を持つ相棒はヒーリーの願いを受け入れた。幼竜の頃から共に過ごした翼竜は主の信頼に応えたのだ。
ヴェルは咆哮をあげると、空高く飛び上がった。
アンジェラ達は空から陣容を見た。アルレスハイム連隊が後退していくのがわかる。追撃に移ろうとするワイバニア軍を龍騎兵大隊が空から牽制している。戦場では多くの軍馬と騎兵の死体が横たわっていた。
アルレスハイム連隊はその戦力の半数近くを失っていた。彼女の部下の騎兵と歩兵はアンジェラとレイを守るため果敢に戦った。彼らが稼いだのはごくわずかな時間だったが、それでもヒーリーに事態を知らせ、彼を出陣させるに十分だった。
ヒーリーはアレックスに出撃を命じると、メアリの制止も聞かず本陣を単騎で飛び出した。
「すまない。おれの失策で、君とレイを……」
「謝らないでください。わたしは、わたしは……、皆を救えなかった。救えなかったんです……」
司令部大隊に戻るまでの数分。アンジェラは声を震わせた。風に乗って、彼女の嗚咽がヒーリーの耳に入ってくる。彼は何も言わず、ヴェルを羽ばたかせていた。
「重装歩兵大隊後退。もう限界ね」
ヒーリー不在の第五軍団司令部でメアリはヒーリーの代わりに指揮をとっていた。その指揮は的確にして堅実。積極的に攻めることもなければ、消極的に守ることもない。ヒーリーのような独創性には欠けるが、その分付け入る隙を与えない戦術だった。彼女はヒーリーが抜けた第五軍団を守り切っていた。
「面白みのない戦術だな」
ハイネは馬上からメアリの戦いを評した。後退する重装歩兵を守るように機動歩兵と弓兵がにらみをきかせている。
「だが、優秀だ。おそらく参謀長が指揮をしているのだろうが、奴の片腕になる手腕は持っているようだ。こちらも後退せよ。アルレスハイム連隊をつぶせただけでもよしとしよう」
ハイネは第五軍団の後退に合わせるように手持ちの戦力全てを退却させた。上将同士の二度目の激突はハイネの勝利に終わった。