第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百二一話
たった一度の斉射。それだけでアルレスハイム連隊は騎兵の四割を失っていた。
アンジェラの周りは騎兵の墓場と化していた。無数の矢を受け、固まった死んでいるフォレスタル騎兵。眉間を貫かれた軍馬。血の臭いと死臭がアンジェラの鼻をついた。
「レイ、どこにいる? レイ!」
アンジェラは副官の名を呼んだ。アルレスハイム連隊設立以来、常に傍らで補佐していた副官がいない。悪寒がアンジェラを襲った。
「……長。れ、……ちょう」
アンジェラのすぐ近くで、男が身を起こした。
「レイ、生きていたか!」
足を引きずり、アンジェラは副官のもとに近づいた。
「申し訳、ありません……」
レイは低い声で言った。アンジェラも重傷だったが、レイの傷はそれ以上だった。彼は腹部に矢を受け、落馬の衝撃で肋骨が数本と、腕の骨を折っていた。
「しゃべるな。すぐに味方が来る。それよりも早くここを離れるんだ」
アンジェラはレイの肩をかつぐとゆっくりと歩き出した。
「……っ」
一歩一歩歩く度、アンジェラの肩から血がにじみ出る。それでも戦場から離れなければならない。彼女は痛みに耐えながら歩いた。
「連隊長……」
「大丈夫だ。お前の傷に比べたらかすり傷の様なものだ」
「おれを、置いていってください……」
痛みと戦いながら気丈に笑うアンジェラにレイは静かに言った。
「ふざけるな。お前はわたしを守ると言う仕事を途中で放棄するのか? そんな無責任な者をわたしは部下にした覚えはない」
「連隊長がいれば、アルレスハイム連隊は存続できます。それにおれを置いていけば、連隊長は戦場から早く離脱できます」
「……嫌だ」
消え入りそうな、小さな声だった。その表情はレイの方からはうかがい知ることは出来ない。
レイの耳に馬の蹄の音が入って来た。自分たちが来た方角からではない。敵の騎兵が迫っているのだ。
「連隊長、おれを……」
「嫌……」
レイの枯れた声をさらに小さなアンジェラの声が打ち消した。レイが初めて聞く。アンジェラの女の声だった。それはか細く、弱く、しかしどんな楽器にも勝る声だった。フォレスタルの美しき女傑は涙を流しながら前へ歩んでいた。