第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百十九話
「まだ戦いは終わっていない。敵はまだ戦う意志を捨ててはいない。気を抜くな。油断するな。おれ達が相手をしているのは、地上で最強の軍団なんだ」
ヒーリーは部下達に告げた。彼率いるフォレスタル軍第五軍団とハイネのワイバニア軍第一軍団の力は伯仲していたと言える。兵力では第五軍団が勝り、練度では第一軍団が上。勝敗を決するのは上に立つ将の采配次第。あるまだの未来を牽引する若き軍団長同士の対決に誰もが刮目した。
「全軍、密集隊形!」
先に仕掛けたのはフォレスタル軍だった。ヒーリーは重装歩兵による方陣突撃でハイネ率いる第一軍団を潰しにかかった。
対するハイネは重装歩兵を前に据えた三重の防御陣を敷いている。フォレスタル軍とワイバニア軍、好敵手同士の戦いの第二幕は力と力のぶつかり合いで幕を開けた。
「ファランクスか。ヒーリー・エル・フォレスタルめ、古い手を使う」
ファランクスとは古来より伝わる重装歩兵の戦術の一つである。最前列に盾を備えた歩兵、二列目からはパイクを構えた重装歩兵が敵陣目指し突入する、正面攻撃としては最強の攻撃力を誇っていた。
歩兵一個大隊を失ったものの、ハイネの顔には、余裕が戻りつつあった。それは互角の力を持つ敵将への賞賛と、至高の戦いを見出した喜び故か、敬意に値する敵手と命のやりとりをすることに悦楽を見出す武人としての気性を表していた。それはハイネがヒーリーとはまったく対局にある武将であることを示している。
ハイネにとっては戦いこそが彼の存在する全てであり、アイデンティティであった。戦いの中に生きる意味を見出し、戦いの中に死を求める。ハイネ・フォン・クライネヴァルトは生粋の戦士だったのである。
ハイネはヒーリーの攻勢を真っ向から受け止めようとしていた。ファランクスは正面の攻撃には強い反面、側面攻撃には弱いと言う欠点がある。ハイネは重装歩兵大隊で敵の威力を受け止め、歩兵と騎兵の機動力を活かした側面攻撃によってフォレスタル重装歩兵を壊滅させようと考えたのである。
「今のところ、おれ達がハイネに勝っているのは兵力だけだ。力攻めで押し切る!」
ヒーリーはあえて緻密な作戦を立てなかった。戦いの中には兵士達の意気や戦いの流れに任せた方が良い結果をもたらす局面が存在する。彼はそれに乗じたのである。
歩兵達が動いたことで、戦場に土煙が巻き起こる。黄土色の煙の向こうからは陣形を組んでやってくるフォレスタル歩兵達。ワイバニア重装歩兵は自分の身の丈の数倍の長さを持つパイクを握りしめた。
もうもうとたちこめる土煙。ハイネは自分の勝利を確信した。
「弓兵大隊前進!」
「は?」
「分からぬか? エルンスト。ファランクスは囮だ。奴がこだわるのは騎兵大隊を死角から崩すことだ。見るがいい。先ほどは土煙など立たなかったはずなのに、今は前方が見えぬ程だ。敵軍がわざと起こしているのだ。本命の騎兵を叩いた後で敵重装歩兵をも打ち砕く!」
ハイネは陣形転換を命じた。