第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百十三話
ヒーリーの戦術は彼らの常識を超えていた。本来、水戦で用いられる同航戦、彼はこれを陸戦に転用した。フォレスタル軍機動歩兵は移動に馬車を用いる。その窓を利用し、簡易的なガンシップ、つまり射撃専用馬車を作ることで対人攻撃に効果的な一撃離脱戦法を可能にした。
「やったか」
ヒーリーは願いにも似た気持ちで前方を見た。下位の軍団なら、おそらく大打撃を与えただろう。しかし、第一軍団には足止め程度の効果しか与えられなかった。彼らは盾を構え、矢から自分の身を守っていた。
「被害状況を確認しろ!」
ワイバニア軍の小隊長は声を張り上げた。機動歩兵の弓の腕は、弓兵のそれと比べて、射程も狙いの正確さでも及ばない。フォレスタル第五軍団の奇襲に対して、第一軍団の損害はごくわずかだった。
「軍団長!」
「面白い、ヒーリー・エル・フォレスタルが出てきたか!」
ハイネは不敵な笑みを横に向けた。ハイネのところまでフォレスタル軍の矢は飛来してこなかったが、騎馬にまたがったままでは、いつ流れ矢に当たるかもしれない。エルンストは馬車に入るように勧めた。
「不要だ。それでは戦場が見えなくなる。死地に赴く覚悟がなければ、兵も付いて来るまい」
指揮官は陣頭に立たなければならない。ハイネだけではない。アルマダ軍人共通の美徳だった。後方で命令しているだけの指揮官では兵の信頼を勝ち取ることは出来ない。だからこそ、ハイネは騎馬にまたがり、最前線で指揮を執るのだ。
「転進し、敵の攻撃に対応せよ」
ハイネにしては漠然とした命令ではあったが、ハイネには視えていた。フォレスタル第五軍団が兵員輸送用の馬車に隠れて、陣形を整えているのを。しかし、その詳細まではわからなかった。
ハイネは騎兵を後方に下げ、重装歩兵を中心に歩兵を両翼に据えた鶴翼陣形を敷いた。フォレスタル軍の馬車の影で、ワイバニア第一軍団の真紅の旗がはためいている。
精気にみなぎる両軍の兵士が、馬車を境に対峙している。その様を、ヒーリーはひときわ高い軍団長専用馬車のやぐらの上で見ていた。
「なんと堂々たる布陣だ。一個軍団であっても、十個軍団の兵がいるように見えるな」
ヒーリーは苦笑した。お世辞を言っている訳ではない。ハイネの敷いた陣はそれほど完成し尽くした完璧な陣形であったのだ。